19話 光に導かれる声
船内のメインコンサートホール。
夜の幕がゆっくりと降りていく頃、
ホールはさざ波のきらめきを閉じ込めたような光で満ちていた。
天井のクリスタルライトが、
ゆるく揺れる波の反射に合わせて宝石のように輝き、
観客席には期待のざわめきが広がる。
「今日のステージ、豪華だねぇ……」
葉月がパンフレットを広げながら呟く。
「ええ。“クルーズ船特別プレミアコンサート”ですもの。
一流のオーケストラが揃いますわ」
菊子は穏やかな笑みを浮かべた。
(プレミア……?
そんな大掛かりなステージ、聞いてない……)
憂は胸がざわつく。
昨日の特訓で歌った英語版ウィザードの余韻が、まだ心に残っている。
「憂ちゃん、顔赤いよ?
リナさんと英語で歌いまくってたからでしょ~」
「な、なんで知ってっ……!」
「動画撮ってあるもん♪」
「葉月姉……!!」
軽口を交わす二人を、菊子が優しく制す。
「お席に参りましょう。まもなく開演いたしますわ」
三人は客席に向かった。
憂はまだ知らなかった。
――このステージに、彼女の名前が載っていることを。
ステージ裏は、
音響チェックと調律が重なる“プロの空気”で満ちている。
その中央で――
黒いホルターネックのドレスに身を包んだリナが立っていた。
金髪は、いつものツインテールではない。
高めの位置でまとめられ、
後ろへ大きく流れるように編み込みが施され、
宝石のような小さな髪飾りが散りばめられている。
それはもう、
“気の強いツインテ少女”ではなく、
――国際ステージに立つ“アーデルハイト家の令嬢そのもの”。
(……やば。
緊張で手が震える)
リナは指先をぎゅっと握った。
譜面台には、
昨日憂と一緒に仕上げた“英語版ウィザード”の歌詞とスコア。
リナはひとつ深呼吸し、舞台袖へ向かった。
ホールが暗くなり、拍手が波のように広がる。
専属オーケストラが壮麗な序曲を奏で、
客席を一気に音の海へ引き込んだ。
「すご……本物のクラシックだ……」
憂は息を呑んだ。
「ええ。
今日の指揮者は国内外で賞をとられた方ですわ」
菊子の言葉を聞いても、
憂は落ちつかない胸を押さえるばかりだった。
『それでは本日のメインプログラム!
クルーズ船プレミアステージ特別ゲスト――
若き天才ヴァイオリニスト、
リナ・アーデルハイトさん!!!』
観客がざわめき、盛大な拍手が湧き起こる。
「リナさん……本気だ……」
「まぁ……!」
菊子も目を見張った。
そして――
『そして今夜だけの特別サプライズ!
新曲 “Wizard -English Ver.-”
ヴォーカルにお迎えするのは……』
憂の背筋に冷たいものが走る。
『――御陵 憂さん!!』
「………………………………は?」
「憂ちゃん!!?」
「まぁ……!」
客席中の視線が、ピンと憂に突き刺さる。
「な、なんでぇぇぇぇ!!!?」
ガシィッ!
突然手首をつかまれ、引き上げられる。
「リナさん!?!?」
舞台袖から現れたのは、
ツインテではない“別人のように美しい”リナだった。
その目は迷いのないプロの目。
「立って。逃がさない」
「む、無理無理!! わたし歌手じゃない!!」
「昨日、あれだけ英語で歌ったでしょ。
もう逃がさないから」
「え、ずる……!」
「ずるくてけっこう。
憂が歌わないなら――私が泣く」
その一言は、憂の全てを止めた。
プロ照明。
プロオケの静かな緊張。
何百もの視線。
憂の呼吸が乱れそうになる。
(む、無理……こんな舞台……)
「憂」
後ろからリナが小さく囁いた。
まるで別人のように大人びた声。
「英語の母音、昨日きれいだった。
ここで出して。
あなたの音、ちゃんと響くから」
その言葉は、不思議と胸を温かくした。
憂はマイクを握る。
照明が二人を照らす。
観客が息を呑む。
指揮棒が上がる。
――“Wizard -English Ver.-” が、今幕を開ける。




