18話 朝の光と、ただいまの場所
―――数日後。
船の朝は、柔らかな光に包まれていた。
リナの部屋で寝泊まりしていた数日間、
憂はようやく「心の呼吸」を取り戻していた。
泣き疲れた夜。
眠れないまま朝を迎えた夜。
胸が苦しくて、ペンダントを握りしめた夜。
全部――
リナが黙って側で見守ってくれた。
(……戻らなきゃ。
逃げてばかりじゃ、ダメだ……)
憂は小さく息を整え、
ゆっくりとドアノブに触れた。
扉を開けると、朝の柔らかい光に満ちた食堂で、
葉月と菊子が静かに紅茶を飲んでいた。
その姿が目に入った瞬間――
憂の喉がぎゅっとつまる。
「あ、あの……っ、二人とも……」
葉月がハッと顔を上げ、
心配と安堵が入り混じった目で憂を見た。
「憂ちゃん……
ごめんね、全然気づけなかった……」
「葉月姉……」
憂は唇を噛み、けれど泣く前に頭を深く下げた。
「私……っ
北海道で胸が苦しくて……
菊子さんにも……葉月姉にも……冷たくして……
本当に……ごめんなさい……!」
震える声。
震える肩。
菊子がそっと立ち上がり、
憂の肩に静かに触れた。
「謝らなくてよろしいのよ、憂さん。
あなたはあのとき、痛かっただけ。
わたくし達こそ気づけませんでしたわ」
その声は、どこまでも優しかった。
葉月が後ろから思い切り抱きしめる。
「“嫌われた”なんて思ってたあたしがバカだったぁぁ!!」
「や、やめて……く、苦しい……!」
でもその苦しさが、
泣いたあとの胸をそっと優しく撫でるように温かかった。
菊子が微笑む。
「憂さん。
また一緒に過ごしましょうね」
「……うん……!」
憂は涙を拭き、強く頷いた。
席に落ち着いた後、菊子が柔らかく話す。
「実は……リナさんから、お電話をいただきましたの」
「え……リナさんから……?」
「ええ。
“憂さんが泣き疲れて眠っているので、そっとしてあげてほしい”と」
憂は胸が熱くなるのを感じる。
(リナさん……
私のこと……そんなふうに……)
「本当に、あの子は言葉が不器用ですけれど……
あなたのことをとても大切にしていますわ」
憂は小さく頷いた。
「はいはいっ!!
しんみりしたところ悪いけど――!」
葉月が急に憂の腕に絡みついた。
「今日のお祝いに!
三人で甘い物食べに行こう!!」
「え、甘い物……?」
葉月がスマホを掲げ、
テンション最高潮で画面を突きつける。
「見てこれっ!!
“北海道限定プレミアムプリン”、
今日からフェア開始~~!!」
「ほ、北海道……プリン……?」
その瞬間、憂の目がキラッと光った。
葉月は見逃さない。
にやり。
「憂ちゃん、プリン好きだもんね~?
あ。もしかして……」
ぐい、と顔を寄せてくる。
「全部食べちゃう系?」
「た、食べないから!!
わたし大食いじゃ――」
「プリン5個買って“味の研究”とか言ってたの誰ですか~?」
「うぐ……っ……あれは……弁解の余地が……」
菊子が控えめに口元へ手を添える。
「憂さんなら……
十個くらいは余裕で召し上がれそうですわね?」
「菊子さんまで!!?」
葉月は勢いよく手を打つ。
「はい決定!
憂ちゃんの――
“北海道プリン完全制覇チャレンジ!!”」
「そんな企画立てないでぇぇ!!
死ぬから!!」
「じゃ、まずはキャラメルプリンと牛乳プリンと――」
「名前並べないで!!
食べたくなるの!!」
菊子が優雅にまとめる。
「ふふ……憂さん。
甘いものを食べて、心まで元気になりましょうね」
憂は観念したように、でもどこか嬉しくて笑った。
「……うん……!」
食堂に、3人の笑い声が広がった。
壁にもたれながら三人の様子を見ていたリナは、
そっと息を吐き、目元をゆるめた。
(……よかった。
憂の居場所、戻ってきた)
そんな独り言のような安心を胸にしまいこむ。
そのとき、憂がふとこちらに気づき、
控えめに、胸の前で小さくお辞儀した。
ほんの一秒のしぐさ。
それだけで、
リナの頬がかすかに熱を帯びる。
「……ばっかじゃないの」
ぽつりと、吐き捨てるように。
聞こえるか聞こえないかの小さな声で。
ぷい、と顔をそらしてツインテールが揺れる。
耳まで真っ赤になりながら、
リナは軽く肩をすくめ、
「……フン」
とだけ付け足すように鼻を鳴らした。
その素っ気なさが、
なによりの“照れ隠し”だった。
憂は何も言わず、ただ静かに微笑んだ。
胸の奥に、ほのかな灯があたたかく灯る。




