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沈黙のういザード  作者: サファイロス


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17話 Blizzard : Nocturne -0-

 リナの弓が最後の一音を震わせ、

 ウィザードの余韻だけが部屋に漂った。


 憂は胸に手を当て、深く息を吸う。


「……わたし、こんなふうに……歌えたんだ……」


「当たり前でしょ?もっと堂々としなさい」


 リナはバイオリンを外し、淡々と片付ける。

 だが、その声はいつもよりほんの少し柔らかかった。


「で。次は英語」


「えっ!?」


「千秋から聞いた。

 “憂はわたくしの尊敬する先生です”って、すっごく嬉しそうに言ってた」


「ち、千秋……っ……!」


 憂の耳が真っ赤になり、胸の奥でなにかが跳ねる。


「英語は母音が流れるから、あんたの声には合う。

 ほら、これ。英語版歌詞、あたしがさっき書いた」


「ええっ……!?」


「はい、歌う。

 つべこべ言わない」


 憂は震える手で英語歌詞を受け取り、深く息を吸った。


「……リナさん、ありがとう……

 やってみる」


「その意気」


 憂は目を閉じ、静かに歌い始める。


「In the silent night, I feel it glow……」


 柔らかな英語の母音が部屋を満たす。

 日本語より軽やかで、のびのびした声だった。


 リナの目がすこしだけ開く。


「……くやしいけど……こっちの方が綺麗だね」


憂は歌い続ける。


「Wizard, lead me home……」


最後のフレーズを歌い終えると――胸のざわつきがすっと消えていた。


リナは弦をそっと押さえ、言う。


「ほら。歌うと楽になるって言ったでしょ」


その一言で、憂の目に涙が浮かんだ。


「……ほんとに……ありがとう……リナさん……」


「別に。

 あんた、菊子様と葉月に謝りたいんでしょ。

 その前に、ぐちゃぐちゃな気持ちを整えるだけ」


憂は泣き笑いで頷いた。

でも――突然、ふらりと身体が揺れる。


「……あ、れ……急に……」


「ちょっと、憂?」


「ごめん……少し……休んでいい……?」


緊張も涙も積み重なり、心が限界を迎えていた。


「ベッド使えば。倒れられたら困るから」


憂はゆっくりベッドに横たわり、

ペンダントを握ったまま眠りに落ちていく。



黒い海のゆらめきが壁を照らし、

リナの影も静かに揺れた。


赤く腫れた目を手の甲で拭いながら、

リナは眠る憂を見守っていた。


憂の唇が、かすかに動いた。


「……リナ……」


リナは息を呑む。


だが――その響きは、憂のものではなかった。


深くて、澄んでいて。

ずっと忘れられなかった“あの声”。


「……久しぶりだね、リナ」


リナの身体が震える。


「えっ……!?」


「泣いてたから、出てきたよ。

 ほんの少しだけね」


「ありえない……あんた……もう……いないのに……」


「うん。私はもう、憂の中にしかいないよ」


リナの瞳が揺れた。


「じゃあ……いまの声も……憂じゃなくて……」


「私。でも、すぐに戻るから心配しないで」


「なんで……こんなときに……」


「リナ。あなたの音……ずっと聞こえてたよ」


「……やめてよ……そんな……泣くじゃん……」


「泣きなよ。もう抱きしめてあげられないから」


リナは膝に顔を埋めて泣く。


「……雪乃……全然届かなかった……あなたに……」


「届いてたよ。

 それに――千秋は、あなたの音がすごく好きだった」


「嘘……」


「本当。

 リナの音は“熱い寂しさ”がある。

 それは、わたしじゃ出せない」


雪乃の声は静かに続く。


『だから、リナ。

 “憂とあなたの音”を繋いでほしい。

 それが……私が残した課題』


「憂と……あたし……?」


『ペン、持って』


リナは涙を拭き、ペンを握る。


『Aメロは“寂しさ”じゃなくて――“触れたい想い”から』


言葉に導かれ、リナの手が走る。

音符が生まれ、夜の海を背景に三人だけの曲が形を成す。


気づけば、数ページの譜面が書き上がっていた。


しかし――それは半分だけ。


タイトルには、雪乃の意図が刻まれている。


 『Blizzard : Nocturne -0(未完成版)』


“完成”ではなく“前奏”。

この先に続く後半――

千秋だけが完成できる“もう半分のブリザード”が、空白として残されていた。


震える声でリナが問う。


「これ……本当に……わたしが……?」


「あなたの音。

 でも、これは“前半”だけ。

 後半は――千秋にしか書けない」




「リナ。憂を助けてあげて。

 あの子はまだ、自分の痛みを半分も言葉にできてない」


「……あたしでいいの……?」


「リナじゃないと、無理」


「……わかった。憂は……あたしが守る」


「ありがとう。

 じゃあ、そろそろ憂を返すね」


「雪乃……また話せる……?」


「また必要になったら会いに行くよ。

 だって――リナは、憂を泣かせないために生まれた音だから」


ふっと気配が消えた。


「……リナさん……ありがとう……」


振り返ると、もうそれは“憂”の喜びの寝言だった。


リナは震える手で憂の髪を撫でた。


「……おやすみ。憂」


夜の海の上で、

未完成のブリザードと涙で満たされた特別な夜が静かに過ぎていっ

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