第11話 奥様とポンコツ姉と、雪乃の影
二日目の昼下がり。
昼食を終えた三人は、船内のカジノフロアへと足を踏み入れた。
濃い金色のライトが床に落ち、
ルーレットの音、軽いBGM、そしてざわめきが渦を巻く。
昨日のコンサートの余韻とはまるで違う――
ここには、熱と欲望の匂いが漂っていた。
「わぁ……! 本当に映画みたい……!」
「ギャラリー多いねぇ……憂ちゃん、緊張してない?」
「してるよ!!」
中央のテーブルに、ひときわ目立つ札が立てられていた。
“初心者歓迎:特別ゲスト参加”
「特別ゲスト……?」
「わたくしのことでしょうね」
菊子が微笑んだ瞬間、まわりがざわつく。
「六地蔵家の奥様……!」
「世界大会準優勝の……本物!?」
「なんで初心者席に……!?」
「対戦相手かわいそう……!」
「ば、バレてますよ奥様……!」
「隠していませんし」
ディーラーがカードを配り始めた。
(※テキサスホールデム:手札2枚+共有5枚で勝負)
「ゲームスタートです!」
■1ハンド目
◆手札
葉月:K♥・7♠
憂:A♦・4♣
菊子:Q♣・2♦
◆フロップ
《A♥/K♦/8♠》
「勝ったぁ!! オールイン!! 全額賭けちゃう!!」
「早いってばお姉ちゃん!!!」
葉月が500チップをオールイン。
ギャラリーが爆笑と悲鳴の渦に。
「……コールいたしますわ」
菊子も静かに500を出す。
◆ターン《2♣》
◆リバー《Q♥》
菊子:Qと2 → ツーペア
葉月:Kのペア
憂:Aのペア
「うそでしょ!? なんで負けるの!?」
「葉月さん。先走りは禁物ですわよ?」
「はぁい……(泣)」
■2ハンド目
◆手札
憂:Q♠・Q♥
葉月:10♦・4♣
菊子:7♣・5♦
◆フロップ
《4♥/K♠/A♦》
菊子の指がチップをはじく。
その一瞬で空気が締まる。
(……強そう……?)
――憂。惑わされないで。
(……雪乃……?)
◆ターン《8♣》
◆リバー《3♠》
菊子が300ベット。
憂の心が揺れる。
「……フォールド……」
「ノーペアですわ」
「え、ええええええ……!?」
ギャラリーがざわめく。
「世界大会準優勝のブラフ……!」
「これ見抜ける人いないって!」
「奥様、表情ひとつ動かねぇ……!」
■3ハンド目
◆手札
憂:J♦・J♣
葉月:3♥・9♠
菊子:A♠・6♦
◆フロップ
《J♥/8♦/8♣》
「スリーカード……?」
「憂ちゃん今日イチだよ!!」
その瞬間だった。
憂の左手が震え、
チップを“パチ、パチ”と弾く。
それは――雪乃が“思考に入る時”の癖。
――憂。焦らないで。呼吸を見るの。
菊子の瞳がかすかに揺れた。
(……この気配……あの時と同じ……)
◆ターン
「ベット200ですわ」
「……レイズ400!」
その間合いは、美しく鋭い。
「妹ちゃん……プロの動きやん……」
「え? 奥様のプレイに似てない……?」
「誰に習ったの!?!?」
◆リバー
「……降りますわ」
「……勝った……?」
■4ハンド目
◆手札
憂:K♥・10♣
葉月:5♦・6♠
菊子:Q♠・Q♦
◆フロップ
《Q♣/10♥/3♦》
菊子:トリプルQ
憂:10のペア
菊子の指が止まる。
勝ちを確信した者の、静かな動き。
「……オールインですわ」
「出たーー!! 本気モード!!」
「勝てる人いないよこれ!」
「空気変わってる!!」
(勝てない……でも……!)
――憂。無理しないで。
「……フォールドします……」
ディーラーがカードを公開する。
◆ターン《3♠》
◆リバー《A♣》
「わたくし、トリプルクイーンでしたの」
「つ、強すぎる……!」
「世界大会準優勝者の圧……!」
「奥様、美しくて怖い……!」
歓声とざわめきが渦を巻く中、
菊子は優雅に一礼し、席を立った。
憂と葉月は、燃え尽きたように顔を見合わせ、同時に息を吐く。
「……はぁぁ~~……」
「菊子さん、本当に化け物じみてる……」
「葉月さん?」
「ッ……ひゃっ……ごめんなさい奥様!! 褒め言葉です!!」
笑いと疲労が入り混じる空気のまま、
三人はカジノの眩しい光から離れ、
ゆっくりとラウンジへ向かった。




