第6話 水面に映る、金色の影
避難訓練が終わり、
船内にはリゾート調の軽やかなBGMが流れ始めていた。
憂たちはプールデッキへ向かう。
空と同じ色を映した水面が、きらり、と光る。
潮風に揺れる白いパラソル。
バカンスの香りがふわりと漂う。
「すご……海の上なのに、こんなに広いんだ……!」
憂は思わず足を止めた。
その横で――
「憂ちゃーん!! 見て見て!!」
葉月がタオルを振りながら全力で駆けてくる。
白いブラウスの下から、
紺色のスポーティーなセパレート水着がちらり。
メイド姿の印象とはまったく違う、健康的なシルエットがのぞく。
「じゃーん! 新作の水着!!
お仕事の時はキリッ! だけど、遊ぶ時はポジティブ全開!」
「お、お姉ちゃん……大胆……!」
「若いうちに着なきゃ損だよ!? 憂ちゃんも早く慣れなきゃ!」
菊子は苦笑しながらも、どこか母のような穏やかさで注意した。
「葉月さん。
そこまで動くと……その、水着、ずり上がりますわよ?」
「え!? あ、本当だ!?
ちょっと憂ちゃん、背中直して!!」
「自分でやってよ!!」
そんな姉妹のやり取りを横目に、
憂は水色のワンピース水着の上からタオルをぎゅっと掴んでいた。
(……ちょっと胸元、恥ずかしい……)
肩ひもの小さな白いリボン。
清楚なのに、すこしだけ大人っぽい。
「うっ……憂ちゃん、似合いすぎる……っ!!
かわいすぎてハグしたい!! 写真撮っていい!?」
「ダメ!!!」
そのときだった。
一瞬、周囲の空気が変わった。
すっと視線が吸い寄せられる。
太陽光を反射して輝く――
金髪のツインテール。
黒のクロップドトップス。
腰に巻かれた白シャツ。
ラフなのに洗練されたコーディネート。
ショートパンツから伸びる脚線が陽光を受けてまぶしい。
そして肩には、今日もバイオリンケース。
(え……プールにまで持ってくるの……?)
リナは、日差しさえ従わせるような存在感で歩いてくる。
憂は思わず息を飲んだ。
ラウンジチェアに座ろうとした瞬間、
リナが鋭い声を飛ばした。
「そこ座るの?」
「え……だめ……?」
「別に。
でもその顔、“落ちます”って書いてる」
「えぇぇ……!?」
「プールは滑るの。
そんな足で歩くなら、タオル敷きなさい」
言い方は冷たい。
でも視線は――憂の足元と床を、きちんと確認していた。
菊子がくすっと笑う。
「憂さん。
あの子なりの“優しさ”ですわ」
憂がタオルを膝に置いた瞬間――
リナの視線が水色のワンピース水着へ“ちらっ”。
灰色の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。
「……その水着、似合ってる」
「えっ……?」
「べ、別に言っとかないと後で面倒だから。
似合ってる、ってだけ」
胸がじんわり熱くなる。
「奥様ー!! 見てください! 水中ターン!!」
ザバァッ!
葉月が華麗に水中で一回転し、
その勢いで浮き輪にダイブした。
「葉月さん。
素晴らしいですが……仕事中ということは忘れずに」
「は、はいっ!!」
憂は水面の反射を眺めながら、
リナにそっと声を向けた。
「リナさん、泳ぎたいんですか?」
リナの灰色の瞳が、かすかに揺れる。
「……本気で音楽やる人はね。
指を冷やす遊び方はしないの」
「じゃあ……泳ぐの、好きだったり?」
「……さあ?
そんな昔のこと、覚えてない」
(たぶん、本当は好きなんだ……)
「……ネックレス」
リナの声はいつもより静かで、深かった。
「それ、大事にしてるの?」
「うん……千秋からの……」
「……そう」
その横顔は、
夕日に似た、痛いほどの美しさを帯びていた。
(千秋と……何があったんだろう)
「……練習してくる」
リナは立ち上がった。
金のツインテールが跳ね、
ショートパンツの裾が風に揺れ、
バイオリンケースが小さく音を立てる。
(後ろ姿なのに……綺麗すぎる……)
憂は目が離せなかった。
菊子が穏やかに微笑む。
「憂さん。
リナはあなたに……心を開きかけていますわ」
「えっ……そんな感じしないけど……!?」
「ふふ。
あの子の心は――“音”で溶けるのです」
金色の残像が
いつまでも憂の瞼の裏で揺れていた。




