第4話 音に導かれる少女
船内ロビーは、揺れる海の反射を受けてきらめく巨大なシャンデリアが天井で揺れ、静かなバイオリンのBGMが流れていた。
磨かれた白い床に、夏の光がさざ波のように広がっていく。
「こちらが、お二人のお部屋ですわ」
菊子が、品のある所作でカードキーをかざす。
扉が開いた瞬間――憂と葉月は息を飲んだ。
大きな窓の外に果てしない青。
白いソファ、木目のテーブル、海風の匂いを感じるツインベッド。
「……ひろっ……!」
葉月は素に戻り、子どものようにベッドへ走って跳ねた。
「お姉ちゃん、仕事中だよ……!」
「えっ……でも……ふかふかだよ憂ちゃん! ほら!」
ぴょん、とベッドが弾む。
「ふふ。良いのですよ、葉月さん」
菊子は穏やかに微笑んだ。
「あなたには今日も六地蔵家のお手伝いをお願いしておりますけれど――
大事なお友達の妹さんまで緊張させる必要はありませんもの」
「わ、わたしのことまで……ありがとうございます……」
憂の胸がじんわりと温かくなる。
(……家族じゃなくても、こんなふうに守ってくれる大人がいるんだ)
胸に走った寂しい影。その変化に気づいたように、菊子はそっと憂の肩に触れた。
「無理をしなくて良いのですよ、憂さん」
その一言が、胸の奥の氷を少し溶かした。
部屋の説明を受けている最中、廊下から規則正しい足音が近づく。
姿を現したのは――
金色の髪をきちんとまとめた、凛とした空気を纏う少女。
「失礼します、菊子様。清掃の確認に参りました」
その声は冷たく、どこか張り詰めていた。
(この子……プールで会った、あの子?)
憂の胸に、あの刺すような視線が蘇る。
少女――リナは、一瞬だけ憂の胸元に視線を滑らせた。
エメラルドの輝きで、ぴたりと動きが止まる。
ほんのわずかな怯えと驚き。
すぐに無表情へ戻ったが、その揺らぎは確かにあった。
(怖い……でも、この目……どこか、寂しそう)
憂はなぜか目を逸らせなかった。
「リナ、こちらにいらして。避難訓練へ向かいますわよ」
「……了解しました、菊子様」
従順な返事とは裏腹に、態度は棘を含んだまま。
そんな彼女の横顔を見つめながら、憂の胸にざわりと波が立つ。
「驚かれました?」
菊子は憂に優しく問いかけた。
「リナは感情表現があまり得意ではありませんの。
ですが、心根は悪くない子ですわ」
そこで、菊子の声がわずかに低くなる。
「娘とも……昔はよく遊んでおりましたの」
「千秋と……リナさんが?」
「ええ。千秋が日本へ戻る前の話ですがね」
その言い方はどこか曖昧で、伏せられた事情の影を落としていた。
胸の中の不安が小さく脈打つ。
だが、その正体はまだ掴めなかった。




