エピローグ2 御陵家
梅雨が明けた午後、憂の部屋には眩しい光が差し込んでいた。
雨上がりの澄んだ空気が窓を通り抜け、湿った木々の香りがそっと鼻をくすぐる。揺れる葉の影が床に踊り、そよぐ風が頬を撫でるたび、ひんやりと肌をくすぐった。
憂は机の上の交換日記を開き、指先で思い出の文字をそっとなぞった。
雪乃の笑顔、ピアノに合わせて歌った声、遠くからでも寄り添ってくれた温もり。ページをめくるたび、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
葉月が隣に座り、そっと手を添えて微笑む。
「憂ちゃん、また歌ってみない? 二人で、雪姉ちゃんみたいに」
憂は深く息を吸い込み、目を閉じる。
雪乃の姿がふっと浮かび、胸に小さな痛みが走る。肩が震え、涙がじんわり滲む。紙の香りとインクの匂いが、懐かしさと切なさをそっと混ぜ合わせる。
その瞬間、雪乃の声が心に響いた。
『あなたはもう、大丈夫。自分の道を歩きなさい』
優しく、温かく、懐かしい声。
憂は息を止め、体の奥が波打つのを感じる。全身にぞくりと震えが走り、雪乃の存在が確かに届いた。
「雪姉……」
涙が頬を伝い、唇にひんやりと触れる。それでも雪乃はそこにいる――声が鮮やかに響き、胸の奥にそっと温もりが広がった。
憂は交換日記を抱き、そっと歌い始める。
「心を開いて、背を向けないで」
柔らかい声が部屋に広がり、葉月がそっと重ねる。二人のハーモニーが空気を震わせ、体全体にじんわり温もりが広がる。まるで部屋の隅の小さな蛙が、光の粒に乗って跳ねているかのように、声と風の振動が宙に舞った。
声が溶け合い、過去の痛みや恐れが静かに溶けていく。歌い終えるころには、部屋の空気まで清らかに澄み渡った。
憂は机の上の携帯の待ち受け画面に目をやる。
三人でバースデーケーキを囲む写真――憂、葉月、千秋の笑顔が、涙と重なり心に深く刻まれる。画面の温もりが手のひらに伝わり、胸の奥がふわりと軽くなる。
「もう影も、恐れもいらない。最後まで走り続けて」
声に込めた決意が、部屋の隅々まで光となって跳ねる。窓の外の風がカーテンを揺らし、夏の光がまるで魔法の杖の光のように煌めく。心の中の小さな喜びが、まるで水たまりに跳ねる小さな蛙のように弾けた。
泣き笑いで日記帳を閉じ、憂は深く息を吸った。
胸の奥に雪姉のぬくもりと確かな希望が残る。悲しみの向こうに、続く未来を確かに感じた瞬間だった。
「雪姉……私、前に進むね」
光と風、そして小さな魔法のような瞬きに抱かれ、憂の声は静かに心の奥まで届いた。
足元に広がる世界は、これから走る道の始まり――小さな勇気と、大きな希望に満ちていた。
憂は雪乃のぬくもりを胸に感じつつも、まだ何かが残っていることを直感した。




