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沈黙のういザード  作者: サファイロス


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第31話 心をひらいて

だが次の瞬間、葉月の表情がぱっと変わる。

立ち上がり、元気な声で叫ぶ。


「ごめんねー、雪ちゃん!」


雪乃は呆然と立ち尽くす。

葉月は胸を張り、メイド服の中で隠していた防弾チョッキと輸血用医療器具をひょいと見せる。


雪乃は一瞬、目を大きく見開き、息を詰める。

その表情に、わずかに恥ずかしさが混じる。


葉月はさらに声を張る。


「千秋ちゃん、そろそろ出てきて!」


奥から、千秋が申し訳なさそうに静かに現れる。


「……ごめんなさい……雪乃さん」


雪乃は千秋の姿を見ると、顔が赤くなる。

恥ずかしさと、なんとも言えない感情が入り混じり、思わず視線を逸らす。


千秋がにこりと笑いながら、淡々と説明を始める。


「今回の一件、実は二段構えだったんです。まず、石田さんの“いじめ”演出。次に、葉月が身代わりになる。防弾チョッキも、元SPの石田さんから借りたものです。もう一つは、父が病院から手に入れた訓練用血液。匂いも細工済みです」


葉月は少し笑いながら、肩をすくめる。


「だって、雪姉ちゃん、血のりだったら匂いでばれてたでしょ」


雪乃は目を見開き、思わず息を呑む。


「……葉月……馬鹿ね、見事に騙されたじゃない」


葉月はちょっと照れながら、えへへと反省の笑みを浮かべる。


「ごめん……でも、憂ちゃんだけは守れてよかった!」


千秋はそっと雪乃にノートを差し出した。


「子供の頃に書いた、雪乃さんと葉月さんの交換日記ですよね」


雪乃は手を伸ばす。

ページに触れると、指先に伝わるのは時間と痛みの重み。

表紙は擦り切れ、角は折れ曲がり、紙は何度も濡れて乾いた跡が残っている。

――交通事故で飛ばされ、道路の砂利や雪に触れ、手元に戻ったノート。

それでも確かに、記憶を呼び覚ます筆跡が残っていた。


最後のページを開いた。



――“葉月へ。いつも隣にいてくれてありがとう。

離れ離れになっても、あなたの笑顔を思い出すだけで、私は頑張れた。

きっと私は、あなたに特別な絆を抱いていた。

でも、それを言う勇気はなかった。

あなたを見ていると、つい甘えてしまう自分がいた。”


――“万が一、私がいなくなったら……憂を守ってほしい。

あの子を、一人にしないで”。



雪乃は胸にノートを押し当て、小さく息を呑む。

胸の奥が熱く、痛く、切なくなる。

手が震える――守りたいものが、あまりにも大きすぎて。


「葉月……ごめん……私……もう、守るだけで精一杯だった……」


雪乃の声は震え、硬く冷たかった表情が少しずつ崩れていく。

胸の奥で、熱く、切なく、痛い気持ちが渦巻いていた。


「今まで、憂を守ってくれて……ありがとう。

そして、わたしは、憂と葉月……あなたたちを守りたかった……」


胸に押し当てた日記から、文字と涙の香りが混ざって漂う。

叶えられなかった願い、伝えられなかった思い――そのすべてが、静かにあふれ出した。


葉月は泣きながら、震える手で雪乃の肩を抱き寄せる。

その瞳に涙が光り、声は小さくても強く響いた。


「雪姉ちゃん……私も、大好きだよ……」


その一言で、廊下の張り詰めた空気がふっと和らぐ。

雪乃は、胸の奥に小さな温もりを感じた。

長い間、一人で抱えてきた痛みが、少しずつ消えていく。


葉月は雪乃を抱きしめ、二人とも大粒の涙をこぼす。

憂の体が小さく震え、抱きつく葉月の胸で泣き続ける。


千秋もそっと近づき、雪乃の背中に手を回して肩を抱き寄せる。


「雪乃さん……もう、大丈夫……」


その声に、雪乃の体が少し揺れ、弱々しくも安心した様子を見せる。


しかし、雪乃は弱々しく首を振る。


「もう誰も傷つけない……でも……まだ、やり残したことがあるの……」


言い終わる前に意識が遠のき、葉月と千秋の腕に支えられながら、ぐったりと倒れた。



石田は廊下の端で、静かにその光景を見守っていた。

長く張り詰めていた緊張の糸が、ゆっくりほどけていく。


憂と葉月、そしてそっと寄り添う千秋の背中。

涙で濡れた頬も、抱き合う腕も、すべてが安堵に包まれていた。

胸の奥に渦巻いていた痛みや後悔が、少しずつ静まるのがわかる。


石田は軽く息を吐き、微かに微笑む。

冷静に見守りつつも、心の奥では、彼女たちの未来が少しずつ光を取り戻していくのを感じた。


血と涙の夜は終わり、代わりに、家族と呼べる存在の温もりが静かに残った。


石田はゆっくり背を向け、足音は静かだが確かな決意を胸に、遠くから守るだけで十分だと感じていた。

廊下に差し込む月明かりが、三人の影を柔らかく包み込む。


――夜はまだ深いけれど、心には小さな希望が灯っていた。

憂も、葉月も、そして雪乃も、未来に向けて歩き出せる――そんな静かな幸せが、そこにはあった。


石田はその場を離れ、屋敷の奥へと消えていった。

振り返らずとも、確かに三人の未来を見守ったことを胸に、微かに微笑んだ

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