第28話 ウィザード 過去編
クリスマスの夜。
冷たい風が街を包み、雪が静かに舞い落ちる。
「憂、クリスマスはケーキ食べようね」
「ほんと? やったぁ!」
あの笑顔を見るだけで、全部どうでもよくなった。
だから、あの日。
私は小さなケーキを買いに出かけた。
冷たい夜の風の中で、少しだけ鼻歌を歌いながら。
“ウィザード”――憂の歌。
私が作った、唯一の“魔法”。
でも――その魔法は、届かなかった。
タイヤの音。
ブレーキの悲鳴。
視界がぐるりと回って、世界が赤く染まる。
雪の上に、ケーキの箱が転がる。
血に濡れたノートが、風にめくられる。
葉月との交換日記。
ページには、赤い染みが広がっていた。
私は手を伸ばした。
でも、ノートには届かない。
冷たい雪が、頬に触れた。
「……葉月……まだ、死にたくない……」
声が震えて、息が白く消えた。
「ごめんね、憂……もう、助けてあげられない」
でも、光が差す中で、憂の小さな体が静かに雪に溶けていくように見えた。
目を閉じたその瞬間まで、あの子の歌は確かにそこにあった。
――泣かないで。
あなたの声は、私の胸に届いている。
“ウィザード”は、あなたの中で、ずっと生きているから。
雪は降り続ける。
静かに、優しく、世界を包みながら。
その中で、憂の歌が響き続ける。
魔法も――まだ、消えていない。
雪乃はそう願いながら、ゆっくりと目を閉じた。
そして、誰も知らない沈黙の中で、
憂は静かに微笑んだ。
――だって、雪乃は、わたしの中にいるから。
雪がすべてを覆い尽くしたあと、
残ったのは、ひとひらの歌と、白い沈黙だけだった。
冬の街は静かに息をつき、
沈黙のウィザードが、誰にも知られぬまま、
雪と歌の中に息づいていた。




