第16話 光とフレジエと
土曜日の午前。
憂は千秋の部屋に案内された。
窓から差し込む初夏の光が、ふんわりと部屋を包み込む。
壁には整然と並ぶ書棚、机の上にはきれいに整理されたノートと参考書。
小さな観葉植物が窓辺に置かれ、淡い緑が目に優しい。
「……わあ、千秋の部屋って、ほんとにお姫様みたい……」
部屋の奥には天蓋付きのベッドが置かれ、ふかふかの布団に色とりどりのクッションが並ぶ。
その隣にはぬいぐるみがずらり。
憂は思わず手を伸ばしたくなる衝動を感じたが、机に置いた手に軽く力を入れ直した。
「ここで勉強するんですね……わかりました、頑張ります」
千秋は少し照れたように微笑み、ノートのページを開く。
その目は、憂が自分の理解度を見守ってくれることを期待しているようで、憂は胸の奥が少し高鳴るのを感じた。
「はい、よろしくお願いします」
憂は深呼吸して肩の力を抜き、机の向かいに座った。
ペンを握る手に少し力を入れ直し、ホワイトボードに短い文章を書き出す。
「じゃあ、まずはドイツ語の文章の読み方から見ていきましょう」
文字ごとに丁寧に発音しながら、憂は千秋のノートに目をやる。
千秋はペンを軽く止め、目を合わせてうなずいた。
「この動詞の位置が文章の意味を決める大事なポイントです。
……動詞の位置に注意すると、文章の意味がすっと理解できますよ」
憂は一度言葉を区切り、千秋の表情をじっと見た。
理解できたかどうかを確認する小さな間。
千秋は少し考え込み、ページをめくる指先を止める。
「なるほど……こうして見ると、ドイツ語も意外とわかりやすいです」
千秋が笑みを浮かべるのを見て、憂も軽く微笑んだ。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
「それから、単語を覚えるときは、文の中で使う例と一緒に書くと記憶に残りやすいです。
文脈の中で覚えるのがコツですね」
憂は軽く首を傾げ、千秋の反応を待つ。
千秋はペンを軽く叩きながら、真剣な表情で書き込む。
「ふむ……憂さん、教え方、すごくわかりやすいです。ありがとうございます」
千秋が小さく笑った瞬間、憂は視線が一瞬交わり、互いに軽く目を逸らす。
その小さな間が、二人の距離感を柔らかく意識させる。
憂は机の向かいに座る千秋の横顔を見て、思わず頬を緩める。
ベッド脇に並ぶぬいぐるみたちが、まるで二人の勉強を応援しているかのようだ。
柔らかな光、穏やかな香り、そして静かに流れる時間――
憂は心の中で、今日ここにいる意味を噛みしめていた。
「うん、これなら千秋さんも理解しやすいはず……」
憂は小さく呟き、深呼吸して肩の力を抜く。
初めての家庭教師――まだ始まったばかりだけれど、
この時間が少しでも千秋の力になるなら、胸の奥で嬉しさがふくらむのを感じていた。
時計が三時を指すころ、
千秋は勉強の手を止め、そっと手を上げた。
「憂さん、おやつの時間にしましょう」
憂はノートを閉じ、ペンを置く。
軽く肩を伸ばしながら微かに頷いた。
「はい、わかりました」
その間に小野が入ってきて、
キッチントレーにのせられたケーキと紅茶を運ぶ。
「おやつでございます。
担当のパティシエが丁寧に作ったフレジエと、ディンブラの紅茶です」
苺がたっぷりと飾られ、スポンジと層をなすカスタードは淡い黄色で、しっとりした質感。
小野は慎重にナイフで切り分け、二人分のプレートに取り分ける。
憂は左手でフォークを手にし、フレジエを一口運ぶ。
苺の甘酸っぱさとカスタードのまろやかなコク、ふわふわのスポンジの軽やかさが口に広がり、思わず頬が緩んだ。
口に入れる前に軽く息を吸い、千秋の視線を意識して小さく微笑む。
「……ん、これ、誕生日のケーキよりずっと美味しい……」
千秋は右手で紅茶のカップを握り、柔らかく笑みを返す。
「そうですか……よかった、憂さんの口に合って。」
憂は紅茶を口に含み、再びフレジエを味わう。
甘さと酸味のバランス、クリームの濃厚さ、スポンジの軽やかさ――
どれを取っても完璧で、つい夢中になって食べ進めてしまう。
手が止まると、憂は少し照れたように目を伏せ、千秋の反応を伺う。
「……あ、でも、食べすぎちゃったかも……」
小さく笑い、フォークをそっと置く。
千秋は微笑んだまま、軽く頷き返す。
気づけば憂は、運ばれたフレジエのほとんど、ホールの七分の八を平らげていた。
苺の香りが口に残り、カスタードクリームの甘みが舌に心地よく広がる。
小野は静かに目を細め、そっと追加のディンブラ紅茶を注ぐ。
「……本当に、美味しい……」
憂が幸せそうに呟き、最後のひと口を口に運ぶと、千秋はフォークを軽く置き、そっと笑みを浮かべた。
ティータイムの静かな時間。
部屋には甘い香りと満足のため息が溶け込み、
二人の間にはさりげない距離感と、ほのかなドキドキが漂ってい




