第15話 教室にこぼれた小さな鼓動
教室の窓から柔らかな朝日が差し込み、机や椅子に温かい光を落としている。
ホームルーム前のざわめきの中、憂は少し緊張した表情で千秋の方を見た。
胸の奥が高鳴り、手のひらが少し汗ばんでいる。微笑む自分を感じながら、息を整える。
「……憂さん、昨日は本当にありがとうございます」
千秋が穏やかな声で言う。
憂が石田さんから頼まれたドイツ語の家庭教師アルバイトを引き受けることになった件だ。
「……感謝するのはこっちだよ。
あんなに素敵な誕生日、絶対忘れられないし……
千秋がいてくれたからだもん」
言葉に照れが混じるけれど、気持ちは真っすぐだった。
「そ、そうかな……
じゃあ、ちゃんと頑張らなきゃね」
千秋は少し俯き、手元のノートを触りながら、照れくさそうに言う。
「……勝手にアルバイトの話を決めちゃって、ごめんね」
急な話で千秋に負担をかけたかもしれないと思い、憂の胸がぎゅっと締め付けられる。
「別に、いいですよ。
憂さんが引き受けてくれるだけで、私は安心です」
その言葉に憂の肩の力が抜け、自然と微笑む。
「……そう?
じゃあ、これからもよろしくね」
憂は少し顔を赤らめながらも、素直に笑った。
手を軽く机の上で動かし、千秋と目を合わせる。心臓が小さく跳ねる。
「はい、よろしくお願いします、憂さん」
千秋の柔らかい声と微笑に、教室のざわめきの中でも憂の胸に温かさが広がる。
ほんの少しの照れと微笑が行き交い、アルバイトという新しい責任と、昨日の特別な思い出が、二人の距離を自然に縮めていた。
ホームルームのチャイムが鳴り、教室には一限目の国語の準備をするざわめきが広がる。
憂は机の上のノートを整え、窓の外の朝の光に目をやった。
胸の奥で小さな鼓動が早まり、肩の力が少し上がる。
国語の授業では、小説の読解が課題だ。
先生が黒板に課題文の一節を書き示す。
「この場面では、主人公の心情の微妙な揺れを意識して読みましょう」
憂は静かにページを開き、文字を追う。
登場人物の小さな感情や日常の些細な出来事への反応に、自然と意識が向く。
しかし、ふとした瞬間、文章の中の言葉が胸に響き、心が少しざわつく。
ペンを握る手が一瞬止まり、書き込もうとした言葉が迷う。
クラスメイトの話し声や鉛筆の音が遠くに感じられる。
「憂さん、大丈夫?」
隣に座る千秋の声で現実に引き戻される。
少し赤みを帯びた頬で微笑み、肩の力をゆるめて答えた。
「うん、ちょっと考え事してただけ」
ページに目を戻し、ノートの端を軽く叩く。
胸の高鳴りはわずかに残り、文字の間に潜む感情を意識しながら読み進めた。




