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沈黙のういザード  作者: サファイロス
4章 昇華のブリザード

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第18話 誕生日が遠ざける日

 妹が合格した日。

 憂はケーキを食べながら、いつものように笑っていた。


 笑っていたけれど——

 どこか、目が笑っていなかった。


(あの子……千秋ちゃんのことで頭がいっぱいね)


 その違和感は、姉である葉月にはすぐに分かった。


 憂は連絡を待っている顔をしていた。

 しかし、スマホに手を伸ばす勇気だけはない。



 葉月はパジャマのまま、廊下の窓にもたれかかりながらスマホを開いた。


 連絡先——

  六地蔵家メイド長・石田


(千秋ちゃん本人に聞くのは違う。今は……大人に聞くほうがいい)


 通話ボタンを押す。


「ご無沙汰しております、石田さん。葉月です」


『こちらこそ、葉月さん。お変わりなく』


 その落ち着いた声に、葉月はわずかに肩の力を抜いた。


「石田さん、まずご報告を。——憂が、東野高校に合格しました」


『それは……!本当に、おめでとうございます』


 声色がやわらかくなる。

 葉月も微笑んだ。


「ありがとうございます。あの子、よく頑張りましたわ」


 そして——声を静かに落とした。


「それで……伺いたいことがあるんです」


『千秋お嬢様のことでございますね』


「はい。——千秋様、どうしています?」


 短い沈黙。

 そして事実が告げられる。


『お嬢様は、試験に合格なさいました』


「……まあ」


 葉月は息をつまらせた。


「憂には……知らせていらっしゃらないのですね?」


『憂さんを迷わせたくないと』


「出発は……いつから?」


『……お誕生日の日です』


「………………」


 葉月の心が揺れた。


『葉月さん。お嬢様は強さを保っておられますが……心の内は、とてもお寂しそうです』


「でしょうね……」


 苦く笑いながらも、声は姉としての優しさに満ちていた。


「憂も同じ顔をしています。泣きたいのに泣けない顔」


『優しい人ほど、自分を縛ります』


 そして石田の声が、少しだけ沈んだ。


『……葉月さん。ひとつ申し上げてもよろしいでしょうか』


「はい?」


『もし雪乃さんがご存命なら……憂さんの今の態度は、きっと叱っておられたでしょう』


 葉月の喉がきゅっと震えた。


『甘やかすだけでは届かない時があります。本気で叱り、本気で向き合ってこそ……

 本当の家族は分かり合えるものです』


 胸に刺さる言葉だった。


「……あたしも、そう思うんです」


 言いながら、葉月の目に涙が滲む。


「憂がめそめそ泣いていたら……抱きしめたくなる。甘やかす姉のあたしが出てしまう」


 そこで唇を噛みしめ——


「でも、叱りたくもなるんです。逃げるな。向き合えって……背中を押す母としてのあたしがいる。……どうしたらいいのか、分からなくて……本気で迷ってしまって」


 その言葉を、石田は真剣に受け止めていた。


『葉月さん。迷うのは、愛しているからです』


 そして、少しだけ声の色が変わった。


『……わたくしは、羨ましいのです』


「え……?」


『誰かをそんなふうに愛し、叱ることさえ惜しまぬほどに心を寄せる——葉月さんのそのお気持ちが。本当に……羨ましい。雪乃さんもきっと、同じように悩み、それでも最後は本気で叱っていたことでしょう』


「雪姉ちゃん……」


『葉月さん。憂さんは、本気でぶつかれば必ず受け止めます。実の姉妹とは……そういうものです』


 その言葉は、葉月の胸の奥の霧をゆっくりと晴らした。


「……ありがとうございます、石田さん。あたし、分かりました」


 通話を終えたあと、

 葉月は胸に手を当てた。


「千秋ちゃん……あなた、誕生日に旅立つなんて……本当に立派で……本当に、寂しい子ね」


 そして、静かに憂の部屋へ視線を向けた。


(だって——あたしたちは本当の家族。本気で向き合えば……必ず分かり合えるもの)


 その決意が胸の奥にしっかり根を張った瞬間、廊下の空気がふっと揺れた気がした。

 冷たくもなく、あたたかくもない、でも——どこか懐かしい気配。

 葉月は思わず天井を見上げる。


(……雪姉ちゃん。見てるんでしょ……?あの子を……憂ちゃんを……ねえ、雪姉ちゃん。もし聞こえてるなら……力を貸して。あの子を叱る強さを……あたしにちょうだい)


 涙をひとつ拭い、葉月はまっすぐ前を向いた。


(甘やかすだけじゃ守れない。逃げる背中を追うだけじゃ、届かない。心を……鬼にする。大事な妹のために)


 その表情は、姉としての優しさと、母としての覚悟と、

 そして——雪乃から受け継いだ強さが同時に灯った顔だった。


 葉月はそっと憂の部屋に向き直る。


(待っててね、憂ちゃん。今日だけは……本気でぶつかるから)


 静かな夜に、葉月の足音がひとつ落ちた。


 雪乃が見守る気配は、その背中をそっと押していた。

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