第17話 届かなかった未送信
憂と千秋は、喧嘩をしている。
その言葉が正しいかどうかは分からない。
ただ、お互いの心が傷を負って、
少しだけ離れたまま、戻れずにいる。
東野高校の合格発表の日。
それを千秋が知らぬはずがない。
(今日……憂さんの合格発表日)
千秋は、自室の机に座りながら開いたままのスマホをじっと見つめていた。
画面には、憂とのトーク履歴。
『しばらくお会いできませんわ。
距離を置きましょう』
その二行だけが、ふたりのつながりを断ち切るナイフのように最後に残っている。
(……来ませんわね)
通知は鳴らない。
沈黙だけが積み重なっていく。
本来なら――
憂は今日、合格発表だったはず。
本来なら――
嬉しい知らせが届いてもおかしくない。
(きっと……受かっていますわ。あの子は、あんなにも努力していたのですから)
確信すらある。
でも通知は来ない。
胸の奥がじん、と熱く、そして冷たい。
(……わたくし、何を期待しているのかしら)
問いは、痛いほど明らかだ。
(合格しましたと……わたくしに知らせてほしいのですわね)
でも――
それは願ってはいけないもの。
なぜなら。
(距離を置いたのは、他でもないわたくしですわ)
憂を守るためにあえて突き放した千秋自身。
言葉を選び、冷たく振る舞い、本心を隠し、背中を向けた。
だから今、憂から連絡がないことは
理屈では当然。
(なのに……寂しいなんて……)
それを認めたら自分で引いた線が崩れてしまう気がする。
千秋はスマホを持ち上げ、
入力欄に指を置いた。
『今日は……発表の日ですわね?』
『きっと良い結果になりますわ』
『あなたは、ちゃんと努力なさったのですもの』
そこまで打ち込んで――
画面がにじむ。
(……送ってはいけませんわ)
(わたくしが呼びかけたら……あの子は、また迷ってしまう)
雪乃が消えたあの日、届いた継承。
弱い自分を許さないと誓ったのに。
(わたくしは……憂さんに甘えてしまうところだった)
入力した文字を、ひとつ、またひとつと消した。
それは覚悟と同時に、限りない後悔でもあった。
スマホを胸に抱いたまま、千秋はベッドに腰を下ろした。
「……憂さん。あなたのことを……一番近くで祝いたいのは、わたくしなのに」
声が震え、喉がきつく締まる。
(本当は……わたくしも伝えたいのですわ)
(あなたの憧れた場所にわたくしも受かったと……)
(あなたにおめでとうと言ってほしかったと……)
でも言えない。
言えば……
二人はもう一度、迷い合ってしまう。
(わたくしは……あなたの重荷になりたくない)
なのに。
距離を置けば置くほど憂が遠くへ行ってしまう気がして――
息が苦しくなる。
(どうしたら……よかったのでしょう)
泣き方すら忘れたと思っていた。
なのに涙は勝手に流れる。
「……今日は、もう見ませんわ」
そう呟いて、千秋はスマホの画面を伏せた。
その行為は――
逃げであり、愛であり、弱さであり、
残酷なほどの強さでもあった。
憂の未来を信じたい。
自分の未来も守りたい。
でも――
「寂しいですわ……本当に……」
声にならない声が枕元へ落ちた。
(憂さん……あなたは、笑っていますか?)
(わたくしの知らないところで……誰かと、笑っていますか……?)
その想像だけで胸がひどく、痛い。
――こうして、ふたりはお互いを想いながら
お互いに触れられない夜を過ごした。




