第16話 送らない言葉、溢れる想い
合格発表の騒がしさから、
ようやく自宅へ戻った憂は
真っ先に自室へ向かった。
扉を閉める音が、
少し寂しく響く。
ベッドへ腰を下ろし、
スマホをぎゅっと握りしめた。
千秋とのトーク画面を開く。
そこに残る最後の言葉たち。
『しばらくお会いできませんわ』
『距離を置きましょう』
丁寧で、
冷たくて、
そして――苦しいほど優しい、“線引き”。
気づけば、
クローゼットの奥にしまっていた小さな包みが
視界の端にちらりと映った。
千秋の誕生日に渡したくて、
何度も店を回って、
何日も悩んで、
最後は葉月に背中を押されて買ったプレゼント。
(あれを選ぶ勇気は……あったのに)
包装紙のリボンに触れた指先が震える。
(なのに……会いたいって言う勇気は……
どうして出ないんだろ)
胸の奥が、じんわりと痛んだ。
憂は文字を打ち始めた。
『千秋、東野高校に合格したよ』
そこで、指が止まる。
(もし既読がつかなくても……
もし返信が来なくても……)
いや、それだけじゃない。
この一言で――
千秋の心を揺らしてしまうかもしれない。
(千秋はもう前に進むって決めたのに、
わたしが呼び止めたら……また千秋を苦しめてしまうかもしれない)
自分のためじゃない。
千秋の夢のために、押し込める感情。
「憂? 大丈夫?」
葉月の声は、
どこまでも優しくて、温かい。
「……うん……平気だよ……」
「何か言いたいことがあるなら言っていいのよ?
今日は憂の大切な日なんだから」
「……うん。あとで行く」
「ええ。待ってるわ」
足音が遠のき、
部屋が静けさと憂だけになる。
合格の喜びも
母のように支えてくれた葉月の声も
今の憂には
心の表面に届かない。
(合格したって……一番に伝えたい人は、千秋なんだよ……)
もう一度文字を打つ。
『千秋、合格したよ』
涙がぽたりと落ち、
画面ににじむ。
『送信』のボタンが
とんでもなく重く見えた。
(……今日はやめておこう)
震える指で、
全文を消す。
通知も鳴らないスマホを
胸に抱いたまま、横になる。
枕元には、
渡せなかった小さなプレゼントが
そっと寄り添うように置かれた。
(これだけはがんばって選べたのに、
会いたいって言うことだけは……どうしてこんなに怖いんだろ)
心の中で交差する感情は、
前へ進もうとする光と、
自分を引き戻す影のようだった。
「……ねえ、千秋。
わたし、がんばったよ。
あなたに胸を張って言えるように――
ちゃんと未来を掴んだんだよ……」
掘り押さえた声が、
布団の中へ吸い込まれていく。
(でも……寂しいよ。
あなたと同じ方向を、もう見られない未来なんて……)
まつ毛が濡れ、
枕に小さなシミが落ちた。
「いつか……言えるかな」
「笑って、『合格したよ』って……
ちゃんと……言えるかな……」
憂は瞳を閉じる。
暗闇の向こうに浮かぶのは
いつか隣で笑ってくれる千秋の姿。
その未来が
ほんの少し遠くに感じた夜だった。




