第13話 変態淑女
夕暮れの街はオレンジ色に燃え、
冬の冷たさすらどこか誇らしかった。
「……ただいま」
憂の帰宅の声は、少しだけ力が抜けていた。
試験は終わった。でも――終わっていない気がする。
奥からパンプスの音が近づく。
「おかえり、憂ちゃん」
葉月がいつもの優しい笑顔で迎えた。
姉と先輩の両方が同時に滲む表情で。
「どうだった?」
「全部……解けたよ」
「“けど”?」
憂はマフラーをいじりながら小声で答えた。
「……数学だけ……ちょっと不安で……」
「ケアミス?」
「……でも、五回確認した……!」
「五回!? それはもはや執念ね」
葉月は肩をすくめる。
「英語は?」
「余裕過ぎて逆に怖かった」
「ふふ、天才」
「国語は?」
「うん、全部解けたよ。難しかったけど……なんか集中できてた!」
「理社は?」
「速攻で倒した」
葉月――満面のドヤ顔。
「で、何が不安なのか逆に問いたい」
胸のどこかに残っていた霧が
ぱぁっと晴れていく気がした。
「絶対受かってる……!
たぶん……満点近い……!!」
「出ました大物宣言!!
でも妹が優秀すぎて姉、鼻が高い」
葉月は紅茶を淹れ、憂に手渡す。
温度が喉を通って体へ落ちていくたび、
不安がゆっくり溶けていく。
「……試験中ね、
千秋のことばっかり考えちゃって」
「やっぱりね」
「ひとりで頑張ってるのに……
わたしだけ違う場所にいる気がして……」
「憂ちゃん」
葉月はそっと隣に座り込み、
その手を包む。
「友情って、そういうものよ。
胸が痛くて、苦しくて、それでも支えになる」
憂はきゅっと唇を噛む。
「だから、頑張れたんでしょう?」
「……うん」
「じゃあ十分よ」
葉月の声は、とても優しい。
ふと思い出し、憂は顔を上げた。
「……あのね」
「なぁに?」
「今日、お昼に食べたサンドイッチ……」
「うん」
「葉月姉が作ってくれた 激カツサンド……
すごく美味しかったの!!
元気出て、勇気出て、
なんか……合格できる!って思えた!」
「…………」
葉月の瞳が一気に潤んだ。
そして――
にっっっこり。
「つまり憂ちゃんは」
「え?」
「わたしの愛情があったから
受験を乗り切れたということね!?!?!」
「ちょ、ちょっと拡大解釈が――」
「しゅき!!!!!!」
「ひぃっ!!!」
葉月は拳を握りしめ、
天井に向かって宣言した。
「今日のあたし!!!
朝から“姉妹ラブラブ禁欲モード”にして!!
憂ちゃんの集中力のために!!!
抱きつきたいのを我慢して!!!
学校でも笑顔で過ごして!!!
ずっとずっとずっと!!!
妹成分不足で餓死寸前だったのよおおおお!!!」
「お、お姉ちゃん落ち着いてっ!!」
「でもサンドイッチ食べてくれたのね!?
その味で憂ちゃんは戦ってくれたのね!?
つまり――」
バッ
葉月、床に膝をつき
両手を憂へ差し出す。
「憂ちゃん!!!
結婚しよ!!!!!!!!」
「なんでそうなるの!?!?!?」
「恋は勢い!!!
姉妹だろうが関係ない!!!
法なんて愛が変えるもの!!!」
「変態だよね!?
しかも高貴な変態だよね!?!?」
「フフ……
変態?ええ、もちろん。
“変態”と名のつく淑女よ。
すべては憂ちゃんのために、ね?」
「あっぶないタイプのヤツ!!」
「もうムリ!!
受験の日は抱っこ禁止とか!!
あたし死ぬかと思ったんだから!!
だから――」
ぎゅうううううう!!!
「妹成分!!!
フルチャージ!!!!
だいしゅきほーーーーーるど!!!!」
「く、苦しいっ!!でもっ……ありがと!!」
「結婚したい」
「まだ言うの!?!?」
葉月は幸せの塊みたいな笑顔で
憂の頬にすりすりしながら言った。
「憂ちゃんが頑張ってると
あたし、嬉しくてたまらないの。
だから今日は全部出すの。
愛も、誇りも、応援も、狂気も!!」
「こわいこわいこわい!!」
でも――
その抱擁は涙が出るほどあたたかかった。
オレンジ色の光が
二人をやさしく包む。
試験は終わった。
でも未来はまだ――これから。




