第6話 未送信の言葉
翌朝。
カーテンの隙間から、薄い冬の光がにじみ込んでいた。
憂は布団の中で丸くなったまま、
枕元のスマホをじっと睨んでいる。
画面には、何度も打っては消した文字たちが残っていた。
『昨日はごめん』
『行ってほしくないって言ってごめん』
『本当は応援したいのに』
消えてしまった文は、まだ胸のどこかに刺さったまま。
「はぁぁぁぁ……」
更新された通知のように
ため息だけが何度もこぼれる。
眠れなかった目がじんわり痛む。
考えるだけで、背中がぎゅっと縮こまった。
そのとき――
スマホが震えた。
心臓が跳ねる。
憂はすぐに画面を確認する。
「……千秋……」
名前を見ただけで息が止まる。
指先が震えながら、メッセージを開いた。
『憂さんへ』
――たったそれだけで、涙が滲みそうになる。
(怒ってる……?
もう友だちやめましょうって言われる……?)
恐る恐るスクロールする。
『昨日は失礼なことを言いましたわ。
ですが、わたくしはやはりドイツ留学を選びます』
ここまでは、覚悟していた。
その次だった。
『しばらく……距離を置きましょう』
喉がきゅうっと締まった。
布団の中で、スマホをぎゅっと抱きしめる。
『憂さんに甘えると、わたくしは弱くなってしまいます。
あなたの優しさは、わたくしの足を止めてしまう。
だから——今は、お互いの未来に集中なさりましょう』
「そんなの……そんなのって……」
憂の呼吸が乱れる。
涙の粒が視界を滲ませる。
『あなたの未来が、どうか明るいものでありますように。
御陵 憂という人に出会えたことは、わたくしの誇りですわ』
綺麗すぎる言葉。
別れの言葉みたいに整いすぎている。
「ずるいよ……」
憂は目をぎゅっと閉じる。
「そんなこと言われたら……
“離れないで”って、もっと言いたくなるじゃん……」
震える指で返信欄に文字を打つ。
『行かないで』
『距離なんて置きたくない』
『わたし、千秋と一緒にいたい』
でも、送信ボタンには触れられなかった。
自分の臆病さが、息苦しい。
憂は布団から手を伸ばし、
胸元のペンダントをそっと握る。
それは――
誕生日に千秋がくれた贈り物。
冷たくなった金属に指を添える。
触れた瞬間、胸の奥が温かく痛む。
まるで千秋の手のぬくもりが
そこにだけ残っているようで。
「……雪姉」
天井を見上げる。
視界がにじむ。
笑顔の形になった口元から、
ぽろぽろと涙がこぼれた。
「さすがに、心がもたないよ……」
布団の中で丸くなり、
ペンダントとスマホを胸に抱き寄せる。
指先が震える。
未送信の文字を見つめたまま、
憂はそっと目を閉じた。
カーテンの隙間から差し込む冬の光が
静かに揺れる。
――今日もまた、
憂の想いは送られず、
画面の中で息をひそめていた。




