第4話 壊れた夜、抱きとめる腕
千秋と別れ――
初詣の帰り道は、冬の風よりも冷たい沈黙だった。
憂は着物の裾を握りしめ、
踏み出す一歩ごとに、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
(……なんであんな言い方したんだろ……
どうして千秋まで……いなくなるの……)
涙なんて、絶対に見せたくなかったのに。
視界の端が、何度も滲んだ。
(わたし……また、一人になるの……?)
御陵家の門が見えた瞬間――
憂は、もうこらえられなかった。
「……ただいま」
玄関を開けたとたん、
葉月が、いつもの明るい笑顔で振り向いた。
「おかえり憂ちゃん──って、あれ?
ちょっと……顔どうした?」
「見ないで……」
俯いて声を絞り出したが、
葉月は迷わず近づいてきた。
「千秋ちゃんと喧嘩したんでしょ」
「ちが……っ、わかんないよ……!!」
言葉にした瞬間、
抑えていた感情が一気にあふれ出した。
「だって……千秋、ドイツ行くって言うの……
あの国だよ……雪姉とわたしが……
離れ離れになった……あの国に……!!」
息が震える。
胸がざらざらして、苦しくて、どうしようもなかった。
「わたし……また置いていかれるの……?
また独りになるの……?」
「はいはい、こっちおいで」
葉月は声量を少し落とし、
そっと憂を胸元へと抱き寄せた。
温度がある――
それだけで、泣きそうになる。
「憂はね」
葉月の指が、優しく髪をといた。
「“失うのが怖い”って言える子だよ。
それって、とっても強いことなんだよ?」
「強くなんか……ないよ……
雪姉がいなくなってから……
怖くて……息できないくらい……」
「ふふん、じゃあ言わせてもらうけどね」
葉月は憂を離さず、
柔らかい声で言った。
「それは置いていかれたんじゃない。
雪姉ちゃんに、すっごく愛されてた証拠なんだよ」
憂は胸の奥に溜まった悲しみを
ゆっくり吐き出すように、息を震わせた。
「……でも……千秋まで……
前を向くために離れるんだよ、あの子は」
「逃げてなんかない。
大切なものを守るための一歩だよ」
「……っ」
「だったら、憂も言う権利あるんじゃない?」
葉月は憂の頬に残る涙を
親指でそっと拭いながら続けた。
「『行かないで』って。
大好きだって。
その未来に自分も入れてって」
憂の手が、ぎゅっと葉月の服を掴んだ。
(言えるかな……
また大事な人が遠くへ行くのに……
怖くて、声がでなくなるのに……)
だけど、葉月は笑った。
「大丈夫。泣いてもいいし、怖くてもいい。
その気持ち、ひとりで抱え込まなくていいから」
胸の奥に溜まっていた冷たい涙が
ようやく温度を取り戻す。
葉月は憂の背中をゆっくり撫でながら、小さく囁いた。
「憂ちゃんが大切に思ってるなら、
きっと……千秋ちゃんも同じだよ」
憂は息を吸い――
少しだけ、春の匂いを感じた気がした。
(会いたい……
謝りたい……
それでも……千秋の未来に、
わたしも一緒にいたい……)
涙の跡が、
葉月の体温の中で少しずつ乾いていった。
――今はただ、
泣いてもいい。
そこから、もう一度歩き出すために。




