表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沈黙のういザード  作者: サファイロス
4章 昇華のブリザード

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

126/197

第2話 1月3日

 ――雪乃が光となって消えてから。

 六地蔵家にも御陵家にも、

 静かな“空洞”が生まれた冬だった。


 雪は降らないのに、

 胸だけは寒いまま春を待っていた。


 けれど――

 新しい年は、残酷でも優しくても、

 誰の元にも平等にやって来る。



「うーいちゃーん! 朝ごはんできたよー!」


 葉月の声と同時に、

 焼いたお餅の香ばしい匂いが階段の下からゆらりと漂ってくる。


 今日は三が日、ラスト。

 おせちの残りを見ると……やっぱり枝豆だけやたら多い。


 憂が階段をとてとて降りてきたところで、

 葉月が振り向きながら声をかけた。


「憂ちゃん、お餅何個食べる?」


「んー……7個!」


「ちょ、ちょっと!? 普通そんな食べないからね!?」


「太らないよ~。こう見えて代謝お化けだから!」


「むむむ……

 あたしはお正月太りしないように“2個だけ”って決めて、

 昨日から甘いのも控えて、夜はストレッチまでしたっていうのに……!」


 葉月はほっぺをぷくーっとふくらませ、

 不満と羨望と謎の姉の威厳を詰めこんだような表情で抗議する。


「憂ちゃんが7個も食べて細いままなの、

 理不尽すぎて泣きそうなんだけど……!」


 ピンポーン。


「ん? 誰かな?」


 憂が玄関に向かうと――

 そこには、雪の精のような少女が立っていた。


「……千秋」


 淡い白地に薄桃色の梅が散る着物。

 結い上げた髪から揺れる小さな赤い簪。

 白い息までもが絵になる。


「新年のご挨拶に参りましたわ」


「すっっごい……綺麗……」


 思わず見とれた憂の背後から、

 葉月がスッと顔を出す。


「おおーっ! 千秋ちゃん、めちゃくちゃ可愛い!

 姫、爆誕ってやつだね!」


「……恐縮ですわ」


 千秋は優雅に会釈。

 それだけで玄関の空気がランクアップする。


 そして葉月はくるりと憂のほうへ向き直った。


「じゃあ次は――憂ちゃんね!」


「え、わ、私も!?」


「もちろん! 千秋ちゃんと並んで歩くんだよ?

 可愛くしてあげるに決まってるじゃん!」


 そう言って葉月が持ってきたのは、

 淡い空色の着物。

 雪解け水みたいに透明感のある色で、

 裾には小さな白椿が控えめに咲いている。


 帯は優しいクリーム色で、

 淡い金糸が光を拾ってきらきら揺れた。

 千秋の“和の姫らしさ”とは違う、

 爽やかで可憐な“新春の妖精”みたいな雰囲気。


「葉月姉……これ、すごく可愛い……!」


「でしょでしょ? 憂ちゃんにはこういう

 “透明系かわいい”のが最強なんだって!」


 髪もふんわりまとめられ、

 小さな白い椿の髪飾りが添えられる。

 鏡に映った自分を見て、憂は思わず頬を赤く染めた。


「で、できあがり……?」


「できあがり! はい、うちの天使ちゃん誕生~!」


「天使って言わないで~っ!」


 そんなやりとりをしていると、

 隣で千秋が小さく息をのんだ。



 淡い空色の着物を着た憂に視線を奪われ、

 耳まで真っ赤になって目をそらす。


「う、憂さん……その……

 とても……よく、お似合いですわ……」


「えっ!? あ、ありがとう……!」

 憂も同じように耳が赤い。


 葉月はその様子にニヤニヤが止まらない。


「はいはい、正月デートに行ってらっしゃい♪

 “姫”と“天使”の並び、破壊力すごいからね~!」


「デートじゃないってば!!!」


「わ、わたくしも……そういう認識では……っ」


「はいはいはい、ツンデレカップル可愛い~♪」


 葉月は勝ち誇ったように憂をくるりと回し、

 襟元の乱れを整えてポンと背中を押した。


「よしっ! ふたりとも完成!

 初詣でしっかり“ご縁”結んできなよ――いってらっしゃい!」


「ご縁とか言わないでーっ!!」



 神社の境内は、まだ賑わいが残る三が日。

 甘酒と線香の香り、

 参拝客の白い息が空へと昇っていく。


 二人は並んで鈴を鳴らし、目を閉じた。


 祈りの中で思い浮かぶ笑顔。

 ――大切な人。


 願い事を終えて顔を上げると、

 千秋の横顔もまた、どこか祈るように繊細だった。


「千秋、何お願いしたの?」


「今年も家族が健康でありますように、ですわ」


「そっか……素敵」


「憂さんは?」


「わたしは……千秋ともっと仲良くできますように、って」


 千秋はわずかに動きを止め、

 視線をそらして袖で口元を隠す。


「……叶うとよいですわね」


 その声は、

 願いより少しだけ遠い場所にあるように聞こえた。



石畳を踏む音が、寒空に小さく響く。


「ねえ、千秋。

 お互い受験、もうすぐだね」


「ええ。東野高校……でしたわね」


「うん。千秋も一緒に行くんだよね?

 去年からずっと、そう言ってたから……」


 憂は、当然の未来を確認するように笑った。


 その笑顔に――

 千秋の心が、一瞬だけ痛む。


「……わたくしは受験いたしませんわ」


「え……? どういうこと……?」


 千秋の足が一瞬止まる。

 けれどすぐ、歩みを再開する。


「わがままを……ひとつ通しましたの」


「わがまま?」


「クリスマスの翌日に……

 両親へお願いをいたしました」


 さらりとした言い方。

 だけど――なにもかもが決まっている口調。


 胸がうずく。


「……千秋」


「なんですの?」


「もしかして……

 わたし、知らないところで……

 すごく大事なこと、決まってる……?」


 千秋は一瞬、何かを言いかけ——

 小さく笑って誤魔化した。


「いいえ。なにも」


 ――嘘だ、と憂は思った。


 それでも言えなかった。

 袖越しに伝わるぬくもりを、まだ手放したくなかったから。



 いつもの帰り道が、

 いつもより少し風が冷たい。


 少しの違和感を、

 憂はまだ飲み込もうとしていた。


(千秋と仲良くできますようにってお願いしたのに……

 どうして、胸がこんなに苦しいの?)


 白い息と一緒に、その不安が夜へ溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ