第12話 朝光の中の誓い
薄明かりが差し込むゲストルーム。
ふわりとした寝具に包まれ、憂はゆっくり目を開けた。
「……あれ、もう朝……?」
隣で千秋もまぶたを開け、のびを一つ。
二人は小さく微笑み合う。
だが、もう一人いるはずの葉月の姿が見当たらない。
憂は首をかしげる。
「葉月姉……どこ行ったのかな?」
その瞬間、部屋の奥からキャスターの音が静かに響いた。
扉が開き、葉月が現れる。黒と白のメイド服を身にまとい、腰のリボンはきちんと結ばれ、エプロンも整っている。
表情からはいつもの楽天的な雰囲気は消え、凛とした空気が漂った。
光に照らされた葉月の横顔は、まるで朝の光を受けた彫像のように凛々しく、背筋の一本一本まで凛として見える。
髪の束が肩に沿って整い、瞳は静かに輝き、覚悟と自信を宿していた。
キッチンワゴンの上には、湯気の立つカップ、無塩ナッツ、カットバナナ、紅茶がきちんと並んでいる――
まるで計算された芸術品のようだ。
「おはようございます、千秋お嬢様、憂様。
本日のアーリー・モーニング・ティーをお持ちいたしました」
憂は慌てて葉月の腕を軽く掴む。
心臓が早鐘のように打ち、驚きと期待が入り混じった。
「葉月姉……本当に冗談じゃないの? 昨日までのノリと全然違うし……」
葉月はゆっくりと視線を外し、真剣な口調で答えた。
「冗談ではありません」
千秋は静かに微笑む。
背筋を伸ばし、凛とした葉月の姿を見て落ち着いた声で告げる。
「……ええ、葉月さんは千秋家のメイド見習いとしてアルバイトに来てくださいました」
憂は息を呑む。
葉月の目には昨日の面影も残るが、それ以上に強い覚悟と決意が宿っている――まるで別人だ。
葉月はワゴンを部屋の隅に戻し、一礼する。
指先まで神経を行き届かせた所作は、朝の光に照らされて一層凛として見えた。
「では、失礼いたします、千秋お嬢様、憂様」
月明かりに照らされた背中には、静かに刻まれたメイドとしての責任と覚悟が映えていた。
その姿を見た憂の胸に、自然と尊敬と安心が混ざった感覚が湧き上がる。
憂はしばらく呆然としながらも、カップを手に取り紅茶の香りを深く吸い込む。
湯気の温かさが指先に伝わり、冷えた体の奥までじんわり温まった。
ほんの一口で、目覚めのぼんやりとした感覚が洗い流されるように引き締まり、頭も体もすっと覚醒した。
窓の外では初夏の朝の風が柔らかく舞い込み、葉月の背筋を吹き抜けるたびに、彼女の存在感が一層際立った。
空気に混ざる草木の香りや朝露の匂いが、憂の心まで清々しく染め上げる。
その空気の中で、憂は自然と小さく微笑み、今日一日の始まりに心を整えることができた。
朝の光が差し込む玄関ホール。
誕生日会の余韻を残したまま、憂は靴を揃えながら振り返った。
「……あれ? 葉月姉は?」
少し不思議そうに尋ねる憂に、控えていたメイドが静かに答える。
「葉月様は晩までアルバイトでございます」
その声の主は、控えめな雰囲気の涼香だった。
淡い茶色の髪を後ろで整え、目線を低く保ちながら、穏やかに微笑む。
彼女の仕草は静かで、玄関ホールの柔らかな光に溶け込むようだった。
「そっか……」
憂は小さくうなずいたが、その表情にはわずかな寂しさが漂う。
吐く息がほんのり白くなり、胸の奥でぽつんと穴が空いたような気持ちがする。
その様子を察した千秋が、そっと一歩近づき、優しく声をかける。
「……憂さん、お帰りの車を手配してありますわ」
「え、でも……そんな、悪いよ」
憂は慌てて首を振る。
千秋は静かに微笑み、柔らかな目で憂を見つめる。
「もう準備してありますもの。帰るまでが誕生日ですわ」
憂は思わず笑みをこぼし、肩をすくめて小さくつぶやく。
「それ、遠足みたいだね……でも、お言葉に甘えようかな」
千秋はその照れ隠しを愛おしそうに受け止め、さらに微笑む。
「ふふ……ええ、どうぞ」
玄関に立つ涼香も、静かに頭を下げて微笑む。
手元の所作や仕草に控えめな丁寧さが感じられ、朝の光が三人を柔らかく包み込み、温かさが静かに満ちていった。




