11話 イブの約束
昼休みのチャイムが鳴って、
教室のざわめきが始まったころ。
「憂さん、こちら、お隣よろしいですか?」
千秋が優雅に弁当箱を持って近づいてくる。
その仕草ひとつで、周囲の空気が少し静まった。
「もちろん! 一緒に食べよ」
憂が席を詰めると、千秋は丁寧にスカートを整えて腰を下ろした。
「クリスマス……楽しみですわね」
「うん。千秋と過ごす初めてのクリスマスだし」
憂が笑うと、千秋の肩が一瞬だけぴくりと揺れた。
「え、ええ……とても光栄ですわ……」
(心の準備が……まだ……っ)
千秋は咳払いして誤魔化す。
少し沈黙が続き、憂は鞄の中から、一通の封筒を取り出した。
白い封紙。
流れるような達筆。
「……それは?」
「雪姉から。朝、机に置いてあった」
千秋の呼吸が止まる。
憂は封筒をそっと千秋の前に置いた。
「読んでみて」
千秋は震える指で便箋を広げる。
一文字ずつ、慎重に追う。
表情が少しずつ揺れ、
最後の一行に辿り着いた頃には
握る指がわずかに強くなっていた。
「……雪乃さんは……わたくしに……託したのですね……」
声がかすれる。
けれど瞳は逸らさない。
「クリスマスは、雪姉がわたしの身体を借りたいって」
「千秋に……伝えたいことがあるからって」
千秋はゆっくりと憂を見つめる。
その視線は強く――
涙をこらえきれないほど脆く。
「雪乃さんの“音”……必ず、未来へつなげますわ」
「うん……千秋なら、できるって思う」
「……いえ。違いますわ」
千秋はそっと憂の手を包み込む。
「わたくしたちで、成し遂げますの」
憂の胸がきゅっと熱くなる。
(千秋のいちばんは 雪姉なんだってちゃんとわかってるよ)
だから邪魔はしない。
だけど――
それでも。
「ねぇ、千秋」
「……?」
「クリスマスイブ……一緒に遊びに行かない?」
千秋の瞳が揺れる。
「イブの次の日は……雪乃さんの……クリスマス……」
「うん。25日は雪姉の時間」
憂は笑う。
寂しさを隠さない、正直な笑み。
「でもね……千秋と過ごす時間を
全部雪姉だけにするのは――
わたし、ちょっと……寂しいから」
「……」
「千秋が雪姉のことを
すごく大事に思ってるの、知ってるよ」
だから――
そっと願う。
「クリスマスイブの日だけわたしにも、千秋をちょうだい」
千秋の胸が音を立てた。
「そ、それは……つまり……」
「千秋と……デートがしたい」
言葉にするのは怖い。
けれど、言わなきゃ伝わらない。
千秋は、ゆっくりと微笑んだ。
雪のように柔らかく、
太陽のように温かい笑みで。
「……はい。よろこんで、お供いたしますわ」
その時――
「アッキ~? 真面目な顔してどうしたん?」
クラスメイトが覗き込んできて、
千秋は慌てて手を離した。
「な、なんでもありませんわ! 気にしないでくださいませっ!!」
顔を真っ赤に染める千秋に、憂はくすっと笑う。
「千秋」
呼ぶと、千秋は少し強がりな笑顔で返す。
「クリスマスイブ、よろしくね」
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
二人の間に静かに熱い冬の風が吹き抜けた。
雪乃が託した未来へ――
ふたりで踏み出す約束の昼休みだった。




