9話 御陵家の掟・第六条 『御陵家、三人の幸せは——みんなで守ること』
深夜。
風がカーテンを撫で、月光だけが静かに部屋を照らしていた。
葉月は、胸に抱いた温度の違和感に気づき、ゆっくりと目を開く。
隣に眠るはずの憂――
だが、その呼吸も気配も、いつもとは違う。
「……起きたの?」
囁くと、暗闇の中で瞳がゆっくりと開く。
そこに宿るのは憂ではなく――
遠い冬空の静けさを閉じ込めた光。
「……久しぶり、葉月」
「雪姉ちゃん……!」
思わず葉月は強く抱きしめた。
喪ったはずの温もりが、今ここにある。
「数週間ぶり……? くらい?」
「二週間と三日だよっ。ちゃんと数えてたもん!」
「ふふ、変わらないね、葉月」
嬉しさと切なさを滲ませ、雪乃は微笑む。
「……ここにいられる時間がね、ゆっくりと薄れてるの」
その言葉に、葉月の心臓がきゅっと締めつけられる。
「ねぇ葉月。クリスマスの日……覚えてる?」
「覚えてるよ……雪姉ちゃんが――」
「うん。私が死んだ日」
「そんな言い方……しないで……」
「でもね、言わなきゃいけないことがあるの」
雪乃は息を吸い、小さく頭を下げる。
「ごめんね。憂のお姉さんでいる役目を……全部あなたに」
「違う!!」
葉月は雪乃を強く抱き返す。
「押しつけられたなんて思ってない! あたしがやりたいからやってるの!
憂ちゃんは……大事な妹だもん……!」
「葉月……」
「だってね、雪姉ちゃんがいてくれたからあたし“お姉さん”になれたんだよ」
涙が堰を切る。
「だから謝らないで……憂ちゃんが笑ってくれるなら、それで全部、報われてるの……」
本物の“妹”の声に、雪乃はそっと抱き寄せた。
「……ねぇ、雪姉ちゃん。文化祭、楽しかった?」
震える声で問う葉月。
「楽しかったよ、すごく」
雪乃は懐かしむように目を閉じる。
「ステージの上、憂の体を借りて――
ライトも、拍手も、葉月の声も全部届いてた。
あの瞬間はね、本当に生きてるって思えた」
「なら……よかった……」
「うん。永遠でもいい、って思った」
それから雪乃は、未来へと目を向ける。
「だからね、あの作曲の続き――全部千秋に託す」
「雪姉ちゃんの……想い?」
「そう。憂の音を守れるのは、あの子だから。
私が果たせなかった夢、ちゃんと未来へ繋いでくれる」
「守れなかったなんて言わないでよ……」
「ふふ。全部否定するところ、好き」
「雪姉ちゃんの前では……妹でいたいんだもん」
涙を拭わず、ぎゅっと抱きしめる。
「置いていかれるのが……怖かったの」
「葉月」
「いなくならないで……ずっと……あたしの雪姉ちゃんでいて……!」
二人の魂が必死にしがみつく。
「いるよ。あなたが呼んでくれる限り」
「なら……甘えさせて……本当の妹でいさせて……!」
「もちろん」
雪乃は髪を撫で、誇りを込めて言う。
「葉月はね、優しくて、勇敢で……私の自慢の妹」
「……ほんと?」
「ほんと」
その言葉が、葉月の心を支える。
「御陵家の掟・第六条」
夜空に誓うように、雪乃は宣言する。
『御陵家、三人の幸せは——みんなで守ること』
「ひとりになんて、絶対しないから」
「……雪姉ちゃん……」
「大丈夫。これからの未来はね、三人で支えていくの」
「もう少しだけ……抱きしめて……」
「もちろん」
重なる鼓動が、確かな絆を刻む。
「……おやすみ、葉月」
「……おやすみ……雪姉ちゃん……」
葉月は安堵の中で眠りに落ちた。
雪乃はその涙を受け止めながら、静かに見守る。
しばらく寝顔を眺め、雪乃はぽつりと、不安を漏らした。
「葉月……もし私がこの掟を――裏切ったら?」
もし、本当に消えてしまったら。
眠る葉月の指が
ぎゅっと雪乃の手を握り返す。
「……裏切っちゃだめだよ……三人で……幸せになるんでしょ……?」
雪乃の胸に、苦しいほどの温かさが広がる。
「……うん。裏切らない。絶対に」
必ず守ると決意して。
「置いていかないで……三人で……幸せに……」
「もちろん。御陵家の掟だから」
雪乃は最後にそっと葉月の髪を撫でた。
――この夜が終わっても。
――時が薄れても。
三人の未来を、見守り続けるために。
冬の夜は静かに更けていく。
月光は三姉妹の絆を照らし続けた。




