8話 御陵家の掟・第五条『姉は憂の心の隙間に自動割り込みすること』
鍋を食べ終わり、部屋の灯りを落とす。
葉月のベッドに並んで潜り込むと、冷たいシーツがすぐに体温を奪っていった。
明日を呼ぶ夜の静けさが、ゆっくりと部屋を満たしていく。
「……ねぇ、葉月姉」
「なぁに?」
「今日は、一緒に寝てもいい?」
憂は少し照れたように、けれど迷いなく尋ねた。
葉月は、とろけるような笑みを浮かべた。
「もちろん。そんなの、いつだって歓迎だよ」
布団の中でそっと手を繋ぐ。
その温もりが、じんわりと心に沁みる。
しばらく静かな時間が流れたあと、憂がぽつりと声を落とす。
「……受験、こわいなって思うことあるけど……葉月姉がそばにいてくれるなら、大丈夫かも」
「大丈夫だよ」
葉月は迷いなく言った。
「憂ちゃんは強い。でも、強い人ほど、ひとりで頑張りすぎるから。
背負いきれなくなったら、すぐ言うんだよ? ちゃんと、お姉ちゃんがいるんだから」
その声は、暗闇の中でいちばんやさしい。
少し安心したように憂は息を吐き、
まぶたがゆっくり重くなっていく。
意識がぼやけ始めた頃――
「……ゆき、の……」
小さな寝言とともに、一筋の涙がこぼれた。
その涙に気づいた瞬間、葉月の胸がぎゅっと痛んだ。
(憂ちゃん……やっぱり雪姉ちゃんのこと、まだ苦しいんだね)
迷いなく、憂の頭を胸元へ引き寄せる。
そっと髪を撫でながら、叶わぬ願いを抱きしめるように。
「――ねぇ、憂ちゃん」
眠っている憂には届かないかもしれない。
けれど、それでも言う。
「御陵家の掟・第五条」
囁く声は、優しさより少し強い。
『姉は憂の心の隙間に自動割り込みすること』
「だからね、泣きたい時は、泣きたいだけ泣いていい。
寂しさを隠さなくていい。お姉ちゃんが、勝手に入り込むから」
憂は眠ったまま、ぎゅっと葉月の手を握り返した。
まるで、言葉の代わりに頼っているように。
その小さな願いを受け止めながら、葉月はそっと目を閉じた。
「雪姉ちゃんのこと、忘れなくていいよ。……だって大切な人だもん」
優しい祈りを乗せて、その言葉を暗闇へ溶かしていく。
「おやすみ。憂ちゃんの明日が、ちゃんと笑えますように」
離さない手。
寄り添う呼吸。
ひとつ、またひとつ、冬の夜が静かに更けていった。
窓の外の星が瞬くより先に、二人は温かな夢へ落ちていく。
暗闇の中で重なる寝息だけが、そっと、夜を照らしていた。




