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沈黙のういザード  作者: サファイロス
4章 昇華のブリザード

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6話 御陵家の掟 第三条 『憂に近づく怪しい人物には、姉の許可が必要である』

 湯気のあたたかさを残したまま、憂はタオルで髪を押さえながら、葉月の部屋へ戻ってきた。


「はいはい~~お姉ちゃん美容室、開店ですよ~~」


「店長さん、テンション高いですね」


「憂ちゃんの髪を乾かせるならいくらでも高くなります!」


「そこは抑えてほしいんだけど!?」


 ふざけながら、憂は椅子に腰掛ける。


 スイッチを入れたドライヤーが低い音を鳴らし、温かい風が耳元をそっと撫でた。


「今日は外、寒かったでしょ?……ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうからね」


 葉月の声は、いつもより柔らかい。

 騒がしさの奥にある、本当の優しさ。


 指先が髪の間をすべり、根元まで丁寧にほぐしていく。


「姉ぇって、案外器用だよね」


「案外は余計です」


「えへへ」


「ふふっ。でも……そうかもしれないね。

 憂ちゃんをちゃんと守れるお姉ちゃんでいたいから」


 その言葉に、憂は照れ隠しのように視線を落とした。


「……あのね」


「うん?」


「今日、すごく楽しかったんだ。千秋と帰って、一緒に笑って……」


「うん。見てたよ」


「ほんとに見てたんだ……」


「ええ。少し悔しかったけど……」


 葉月は憂の肩に手を添え、そっと囁く。


「大切な人が増えるのは、いいことだよ」


 その一言に、憂の胸がじんわりと温まった。


「――よし。乾いた!」


「ありがとう、店長さん」


「どういたしまして!」


 憂は椅子から立ち上がり、軽く肩を回す。


「……葉月姉ぇ」


「ん?」


「今度は、わたしの番」


 憂は葉月の背後に回り、そっと両肩に手を置いた。


「ちょっと触るよ」


「え、ちょ――」


 ぎゅっ。


「……んっ……ぁあっ……!」

 

 肩が震えて、声が上擦る。

 一瞬、低く息が漏れる。


「ちょっと!!」


「な、なに!?」


「今の声、変だから!!」


「え!? 今の!?」


 葉月は慌てて口元を押さえる。


「ち、違うの! なんか力抜けただけで……その……!」


「そういう声、出さないで」


「そ、そんなつもりじゃ――」


 憂はため息をつきつつ、くすっと笑って力を緩めた。


「もう……びっくりするから」


「こっちの台詞だよ……」


 葉月は耳まで赤くしながら、小さく肩をすくめる。


「……憂ちゃん、うまいんだもん」


「普通に褒めて」


「はい……」


「葉月姉ぇ、ここ硬い」


「う、うん……今日寒かったし……」


 指先で円を描くように、ゆっくりほぐす。


「……ぁ」


「今のは?」


「セーフ……」


「なにが?」


「いろいろ」


「基準がわからない」


 それでも憂の手は止まらない。

 慣れた動きで、無駄な力を入れずに肩をほぐしていく。


「……はぁ……」


「今度は?」


「完全に合法」


「自己申告制なんだ」


 葉月は苦笑しながら、肩の力を抜いた。


「でもさ……」


「うん?」


「こういうの、嬉しい」


「……そう?」


「うん。憂ちゃんが元気だって、ちゃんと感じられるから」


 憂は少しだけ照れながら、手を離した。


「……葉月姉は、その……わたしがいろんな人と関わると、寂しい?」


「……なるよ。そりゃあ」


 葉月は正直に言ったあと、妙に堂々と胸を張る。


「だからこそ!!」


 びしっ、と人差し指を掲げる。


「御陵家の掟・第三条!!

『憂に近づく怪しい人物には、姉の許可が必要である』!!」


「掟ふえたーーーっ!?!?」


「当然です! 書類審査&面接です!!」


「物々しい!!」


「でもね」


 葉月は一転、やわらかく微笑んだ。


「千秋ちゃんは……ギリ許します」


「ギリなんだ……」


「厳正な審査の結果!! “憂ちゃんの手を握る資格:ぎりぎり合格”です!」


「審査基準がわからない!!」


 憂は呆れたように笑いながらも、心のどこかで少し安心していた。


 自分の世界が広がることを、ちゃんと喜んでくれる姉がいる――

 それが嬉しくて仕方がない。


「……だってね、憂ちゃん」


「うん?」


「千秋ちゃんも、憂ちゃんの笑顔を守ってくれそうだから」


 その言い方が、優しくて、頼もしくて。


「……ありがと。ほんとに」


「はっ!? 今日なんか憂ちゃん素直じゃない!? お姉ちゃん心臓止まっちゃう!!」


「止まらないで!!」


 ふたりの笑い声が、部屋いっぱいに弾けた。


 湯気の残り香と、肩に残るぬくもり。

 心の中の冷たさまで――

 ゆっくり、溶けていった。

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