序章・連 京護(14)の転換日 9
嘔吐表現あり
甚八は、京護にまとわりつく影の塊から目を離さずに、じりじりと後退する。
広い個室なので、出入口までは遠い。あとどれぐらいで扉だろうかと後ろを向いた時、背後から首を刺された。
「な⁈ なん……なに?」
俯いた先の視界には、黒い刃先と床。
先は短刀に似た物だったが、刃先からして日本刀に思えた。
事実、人型の影が右手に持っているのは、刃渡り71㎝ほどの刀。甚八からは見えないが、鍔や持ち手の形状も、日本刀に寄せて影は象らせていた。
その影の刃で、甚八の頭板状筋を目掛けて、背後から突き刺したのだ。
「あ、あ、うぇ、っ」
首と頭の後ろを支えている部分へ深々と刺されているのが、刃先の長さで見えてしまう。
やはり痛みは無い。先と同じような、ない交ぜの感情だけ。パニックになった体が、ついに悲鳴を上げて吐いた。
胃液がせり上がるまま、床に吐しゃ物をまき散らす。
「うえっ、ぐっ、ご、……っ」
生理的な涙がこぼれ、びちゃびちゃと吐いた物に混じる。
現実から逃げたいのか、そういえば今日は何を食べたっけと、吐きながら思い返す。
甚八の様子には相変わらず興味がない影は、甚八を見下ろしながら呟いた。
【「やはりか」】
納得して影の刃を抜く。
【「お前は京護の願いの範囲外だったか」】
「あ、……へ?……なに、なん、むらじくん?」
吐き切ったのか、甚八は、胃と首を抑えながら荒い呼吸を繰り返す。
振り返るのが怖くて声だけを聞くも、届くものは京護と影の二重のままだった。
振り返りたくないけど、確かめたい事はある。
「連君のおかげで、僕は……死んでないという事です?」
【「結果的に。お前は変で面白い奴だから、それでも良い」】
文化的な返しだなと、最初に思った。
あと、結構喋るなコレ。とも思った。
またどうなるか分からないから、本当に振り返りたくないけど、命の危機が回避できた安堵感が勝った。
「あの……」
肩ごしに覗き見る影は、日本刀を持った怨讐の亡霊のようだった。
少年の、線が細く弱い体を食った様なので、余計に人と決別した存在に見える。
自然と、これがアレの惨劇を生んだのだと悟る。
眼前にすれば、逃げようもない。
文字通り、身を食ったのだ、我々は。




