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序章・連 京護(14)の転換日 8

 痛みのない死で良かったと、甚八は思った。

 痛みは無い代わりに、胃からせり上がる不快感が酷い。

 もしかして、自分は生きている?

 体は変わらず動けないまま、甚八は恐る恐る目を開けた。

「……なん、な⁈ 」

 飲み込まれる、食われると恐れた影が、眼前にいた。

 視界は黒。座ったままの甚八を包むように丸い影の内側は、刃と目。

「ひ、っ」

 幾重の短刀に見える刃先は甚八の体を貫き、刃の根本には、隙間をびっしりと埋める目玉。

 全てが甚八を見ていたが、死んでいないと分かるや、目玉がそれぞれの刃を見る。

「あ、な、なんで……ぉえっ」 

 嫌悪と恐怖と嘔吐感から、体を丸めて逃げようとするが首から下が動かない。

 ゾワリと這い上がる死の感覚はあるが、身を貫いている痛みはない。

 代わりに、暴かれているようで、憎悪が湧きたつ。

 気が狂いそうになる環境を作った影は、甚八を気にしていない。

 首を傾げるように目を動かし、やがて合点がいったのか、短刀の影を全て抜いた。


【そうか】


 一つ呟き、ただの影だった外側へ一つだけ目を向ければ、真後ろで立っていた京護と目が合う。

 甚八の様子に、慌ててベッドから立ち上がったのだ。

 所在なげな、か細い右腕が半端な位置で止まっている。

 何かをする事は無かったし、何か出来るものでもなかったが、京護は一つ目を恐れず尋ねた。

「あの……先生は、だいじょうぶ?」

 京護から見えるのは、ただの丸い、卵のような影の塊。そこに目が一つだけ。

 一つ目は三日月の形で嗤うなり、目を口に変えた。


【ムスコ つ カウゾ】


 そして甚八を覆っていた影が全て京護の足元に戻ると、タイムラグもなく影を吹き上げた。

 足元からだけではなく、京護が作る影の形から全て。

 噴水のように上がる影は幾重の腕になり、その腕からまた腕が生える。更に腕が生え、それらが自らの影に落とすかのごとく、京護の体に巻きついていく。

「なにをっ」

 京護の顔や体に絡まる影を、解放された甚八は、床に転がった姿で見上げる。

「む、むらじ、くん……」

 大量の冷汗により、髪や服が体にへばりつく。汗が目に流れて片目を瞑りながらも、少年に起きている事を見てしまう。


 影に最初に覆われたのは、叫ぶ声ごと口を。

 次に顔と頭。その次は、逃げようとしていた足と、引きはがそうとした腕。

 足を影に覆われ、立っていた京護が床に倒れた。 


【「あの、オトコ」】


 甚八の足元から、笑い声がした。


【「あのおとこ、ト、いっしょに、イタヤツの、子供」】


 たどたどしかった影の声と、京護の声が混ざっていた。

 甚八は震える手足を必死に使い、僅かに体を起き上がらせる。

 四つん這いの影は、かろうじて人の形をした獣に見えた。


【「お前が、そうか。ワシを殺した男の傍にいた奴の子供か」】

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