華出井 葵(12)と願いの井戸 24
甚八は困惑の表情を珍し気に見つつ、自分の持っている情報と照らし合わせる面持ちで尋ねた。
「面倒くさいとは」
「元はこっちでいう万能アイテム。でも願いを叶えるけど、叶え方はコレ次第みたいな感じ」
「願い方にも条件があるとかですか? お金が欲しいだけだと、どこの国のどれぐらいかがハッキリしないから、落ちた先の方の通貨単位になるとか」
「そーいうー細かくすれば良いってんじゃなくー」
返される例えに、葵は首を傾げて視線を宙にさ迷わせた。
「話通じない同士みたいな感じで、あいつ殺したいって思ったら逆に自分が殺されるとか」
「例えが物騒すぎます」
甚八は眉を深く顰め、無意識化で使った事になっている京護は、驚きで目を見開いた。
使った結果の影は、やはり葵の持っている物だけを凝視していた。
話の内容に、興味があるところがないらしい。
甚八の返しに、葵も頭を抱えたい気分になり、甚八が退かせたソファ用のローテーブルに座った。
視線が甚八と京護より、少し下がる。
「言ったじゃんー、説明が難しいんだってぇ。
だって、殺したいが殺されるなら分かるよね。
手に入るとかだと、自分が手の平サイズに縮むとか、ぺしゃんこになるとかもあるから」
持っている立体パズルを上下で持ち、ぐるぐるとパズルそのものを回す。
「ゴミ丸めたみたいに、体がくしゃくしゃになったりとか」
まるでゲームのバッドエンドを連ねているような口調だが、葵の説明は全て、葵の手の中の物が起因だと言う。
「…………葵様の例えが全て死ぬ方向なのは、そういう事だと?」
想像を凌駕する現実に、自身の分家も関わっている甚八は、つばを飲み込んだ。
結果として、本家と分家での生存者は半分にもっているので、脅しには思えない。
京護は思わず自分の手を見てから、足元の影を見下ろす。
京護の願いは、5年に及んだ人体実験の解放からくる、過去への回帰だった。
人だと疑わなかった父親が、本家の当主に殺された夜から全てが変わった。
華出井家と円花家によって連れ去られ、虐げられ、理不尽に自我を嬲られ続けた。
普通の日常だった頃に戻りたいと願った末、人ならざるものだった父親が、京護と同化して殺戮を行った。
過去の生活では、居なかった者たちを。
願いの形が歪になっても、願った根源は変わらない。
「…………おれの願いは、間違いだったのかな」
自然と零れた問いかけに答えたのは、葵だった。
「まちがってないよ」
優しい声に、顔を上げる。
「どう願ったかは知らないけど、京護はまちがってないの、ぼくが言ってあげる」
「葵君」
「僕も同意です」
「先生?」
左を向けば、甚八は前かがみになって、京護と視線を合わせていた。
「言っただろう、因果と応報の関係を。
僕らの事情に巻き込まれて被害を受けた連君が、受けた以上を背負わないようにするために、僕は手助けしたいんだ」
葵は華出井家の跡取りで、甚八は円花家を継いだばかり。共に、京護の家を襲撃した実行犯の、子供だ。
そして二人の父親は、影が象った刀によって死んでいる。
どうして、そんな二人が、そう言ってくれるのか。
「どうして」
聞こうとする前に、葵はローテーブルから立ち上がって甚八と京護に見せる面を変える。
舞台は、まだ葵の独壇場だった。
「それはそれで、また今度。でも、京護の質問の答えでもあるのがコレ」
二人は、二重四角の面の反対側にある、スマイルマークを見た。ただし、葵が一度ひっくり返しているので、スマイルは逆さまになっている。
「面倒くさいっていうのは、甚八が言ったように、願いを持たない人間はいないからだよ。
持った時、見た時、願った時。落ちた先には無い物に、コレは反応する」
葵は立体パズルの上部を手の平で覆い、くるりと再び上下に返す。
「落ちる意味は、コレを持ち帰る為。でも、戻れるのは全員じゃない。
だから落ちた先を知るために、落ちた世界に名前を付けた」
スマイルマークを真似て、葵は口角を上げる。
井戸の先に名があるかは知らないまま、共通認識の為に付けた名前を、葵は告げる。
「転界、って」




