序章・連 京護(14)の転換日 5
京護の言葉に、影より先に反応したのは甚八だった。
今なら聞きやすいと思ったら、口を開いていた。
「……連君。確認していいかい? コレ、君のお父さんて名乗ってるけど、本当?」
コレと、京護の足元を見下ろしながら指す。今は、足元からは何も出ていない。
影の最大範囲と同じ大きさの目玉が一つ、甚八を見上げている。
【ほんと ウ】
「子供の意見を奪わないでくださーい」
甚八の指す先は、京護からは見えない。ゆっくりと起き上がり、自分の足元を眺める。
どう答えるか悩むこと数秒。分からないことが多いのを本当は言いたいけど、聞かれたのは、父親か否かだ。
それなら、頷ける。
「……たぶん、ほんと。お父さんだと、思う。あの、思うだけしか思えないけど」
断言をすれば嘘を言っている気になるので、結局、曖昧な補足をしてしまう。
甚八は、京護の呼吸の落ち着きを見て、ベッドから離れた。反対側へ回り、僅かだけ開く窓に手をかける。
「少し空気を入れ替えよう。窓を開けるね。電気は? 光が強いなら一度消すよ」
立て続けの要望に、どれを返して良いか考える。
悩んでいる間に窓は開けられ、出入口の横に移動している。
スイッチに指をそえる甚八が、京護を見たので、これを決めるのかと、ようやく聞かれた意味を考える。
「暗い方がいいかな」
暗い方と言われて、過呼吸で乱れた病衣を、ぎゅっと握る。
「……消さないで」
「分かった。なにか飲むかい? 僕が勝手に入れておいた水なら、そこの冷蔵庫にあるよ」
甚八の視線の先は、ベッドの足側の奥。
視界にあるのは、壁に掛けられている大型テレビと長ソファ一台ずつに、一人用ソファが二台。 ソファの中央には、足の低いテーブルが一台。
「れいぞうこ?」
「テレビの横。見えにくいけど小さなキッチンと冷蔵庫があってね。何も手をつけていないなら、僕が入れた水があるよ」
「そんなものあったんだ……」
「ここは個室の中でも一番広いよ。ベッドから遠いし、いつでも飲めるように持っていくよ」
言うなり、甚八は慣れた足取りで二段冷蔵庫の上を開ける。
ほぼ空だ。勿体ない、自分なら何をいれるだろうと考えながら、水のペットボトル一本だけ取り出す。
「はい」
蓋を開けてから渡すと、京護は素直に飲んだ。
影は、どういう訳か、足元から出て来ない。
視線だけは痛いほどに感じるが、見られているだけなら良いと、話を戻すことにした。
「どうする? 今日はここで止めておくかい」
水を飲んでいた、京護の手が止まる。
空は、日が暮れるのを教えている。
一般病棟はあと一時間ほどで、面会時間が終わる。
ここは関係ないがと、甚八は丸椅子に座った。黙る京護の様子を伺いながらも、ただの医師ではないから、自分はここにいるのだと伝える。
「僕は何時間でも何日でも待つよ。ただ申し訳ないが、聞かない訳にはいかない。
連君の、これからを決める為にもね」
甚八の言葉に、黙っていた影が揺れた。




