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華出井 葵(12)と願いの井戸 18

「病院と同じで、見るだけならという事は」 

 甚八(じんぱち)は、葵の持っている物が、病院でも使われたのかと尋ねようとした。

 それよりも先に、京護(きょうご)の様子に注意が戻る。

「お父さん、病院で何を見つけたか、まだ聞いてな、……」

 (あおい)との間に割って入った影を問い詰めようとしたが、眩暈で最後まで言えなかった。

 急激な変化に体の対応がうまくいかず、起き上がろうとして、ふらついてしまう。

「あれ?」

(むらじ)君、急に動かない。なにか飲みものでも」

 言いながら辺りを見渡し、はたと思い出す。

「荷物玄関だ。鍵もかけて…………あれ、鍵はどこだ」

 あらゆるポケットを探るが、どこにも無い。 

 渡した葵の方が、平然としていた。

「全部、玄関じゃないの」

「まずいっ」

「なにかあったら艻月(ろくづき)んとこの警備がすぐ来るよ、て言おうとしたけど早っ」

 アッという間に隠し部屋を出て良き、一階に駆け降りる音が響く。

「先生、元気だなあ」

「京護は? もう苦しくない? 痛くもない?」

 シーツ代わりの白衣の上で大人しくしている京護を真ん中にして、葵がくるくると周囲を移動する。

 その度に百の目で埋まる影が葵の持っている立体パズルを観察するが、葵は気にしない。

 京護の方が影を気にしつつ、葵の質問にはすぐに答えた。

「うん、もう大丈夫」

 表情に嘘は無いのか、葵は今度は足を止めてじっと京護を見る。

 良かったと、納得した笑みに京護も笑みを作った。

「京護もその内、制限を重くしても慣れると思う。ぼくも最初は大変だったし」

「葵君も?」

 制限などの意味も気になったが、一番引っかかった部分を聞き返す。

 何故、影と混ざってしまった自分と同じ症状が、起きた事があるのか。

 聞けば、教えてくれるのだろうか。

 躊躇いながらも隠せない好奇心で尋ねようとした時、甚八が戻ってきた。

 駆け下りた時のような足音が無い代わりに、歩調に合わせて揺れるビニール袋の音の方が、目立った。

 葵は京護の耳元で、

「後でね」

 と内緒話を約束した。

 教えてくれるなら待とうと、京護は頷く。

「お待たせしました」

 屈んで入ってきた甚八は、汗だくだった。

「連君。はい、スポドリ。葵様にも渡すかい」

 素直に受け取っても、素直になりにくい出で立ちだ。車に乗り込む前の、病院での出来事を思い出させる。

「うん。先生も水まだある? 飲んだ方が良いよ」

「あるし飲む。ところで葵様、この部屋暑いですよね。エアコンも無いようですが」

 持っていた立体パズルを、葵は自身のハーフパンツのポケットに入れる。

 そして京護と同じスポーツドリンクのボトルを開けてから、甚八に同意した。

「無いよ。ひいおばあ様ここ使わないから。

ぼくも春から住んでるけど、ここいるの夜だけだった。だって暑い」

「作戦会議、ここでないと駄目ですか。

 これから気温も上がるので、エアコンのある部屋に移った方が良いです」

「ここだけ電波入らないから艻月対策に丁度良かったけど、しょうがないか。暑いもん」

 では、と葵はスポーツドリンクを持つ手とは反対の手を上げる。

「リーダーとして提案しまーす。ゲストルームへ移動に賛成の人」

 甚八が真っ先に手を挙げ、空気を呼んだ京護が小さく手を挙げた。

 その京護の作る影が、手だけを白衣の影から生やした。

「なんでおっさんまで手ぇ挙げてんの」

「暑さ寒さとか感じるのでしょうか」

 京護と一対になっているので、否定もしにくいなという空気を打ち消したのは、短い風の音だった。

「ぼくらの真似して挙げただけなんだ」

「…………そうみたい。え、嫌だよ。おれの体使ってた時に感じなかったなら一緒だろ。使わせないから」

 呆れる葵と、どちらが保護者か分からないリアクションの京護から、何を言ったか甚八は察した。

 不穏な会話をフランクにされると、培った常識が混乱しそうになる。

 そんな甚八は、葵のハーフパンツに入った立体パズルの方に、興味をそそらせていた。

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