華出井 葵(12)と願いの井戸 17
そのパズルを葵が手に取り、甚八へ指示する。
「甚八、京護を寝かせて。どこでも良いよ」
「はい」
木製の床に目立った汚れは無かったが、甚八は京護を床に降ろしてから、白衣を脱ぐ。
改めて床に敷いて広げた白衣の上に、京護を寝かせた。
立体パズルを持って戻ってきた葵は京護の傍で、直接床に座る。
あぐらをかいた葵は、青ざめて吐き気をこらえる京護を見下ろす。視線は合わない。
京護の様子を観察した後、少し困ったように笑った。
そして甚八を見ないまま、手にしていた立体パズルを触り始めた。
甚八からは、ただの見た目が凝っているパズルだ。
一面の色を揃えるというよりは、ステンドグラスを思わせる通り、一枚のドット絵が出来そうと思う程度。
エルノー・ルービックが考案した立体パズルなら、世界中で売っている。
もしかしたら、そんな中で葵がもっているのも売っている可能性はある。
だが、甚八は、そうではない違和感を持った。
「音がしない?」
葵の邪魔にならないように、京護の様子を伺いながらパズルを見ていた。
葵がどれだけ回しても、物から音がしない。
そんな事が、あるのか。
甚八が困惑するパズルは、躊躇いの無い手が止まったことで、終わったと分かる。
「舞踊は言語のいらない静の美学」
葵がパズルのある一面を眺めて、誰とはなしに呟く。
「けれど伝え方が下手な空間表現じゃ、道具が泣いちゃうな。
夕方の稽古で叱られないようにしなきゃ」
甚八には見えないが、葵が見ている面はスマイルマークが出来上がっていた。
反対側には、真ん中にある一つの黒を囲うように2重の四角が描かれている。
葵の手の中の物が、一度だけ明かりを強めた。
ゆらりとランタンが揺れたような後、甚八が見た時に戻る。
「…………葵君?」
動けなかった京護が、目を開けた。緊張していた四肢の強張りは解け、声も震えていない。
先まで青ざめていた顔には、徐々に血色が戻っていた。
葵は、パズルから京護へ視線を変える。
「どう? 京護」
にっこりと、スマイルマークに似た笑みで、1人と1人が白衣に作った影を見下ろす。
「ついでに、おっさん」
京護が、楽になったよと伝える前に、影が二人の間に現れた。
【ナニヲ した ガキ】
「病院でのこと忘れたの、おっさん」
葵は、パズルを影に見せつけるように突き出した。
「見られるだけなら良いって事だよ」
スマイルが一つと1人、影を見た。




