華出井 葵(12)と願いの井戸 16
緊張する甚八とは対象に、既に甚八から興味を無くした葵は、京護の様子をあちこち見ていく。
「ごめん、思ってたよりしんどそう。ぼくと同じでもちょっと違うもんね、しょうがないか」
甚八に支えられている姿勢で、京護は葵を見上げる。身に起きた症状は、改善されていない。
「葵、さ、…………くん」
「おお、敬語言い直した」
場の空気をわざと読まない呑気さに、甚八は肩を落とす。迂闊にも、葵への警戒心までこそげ落ちてしまった。
「葵様。そういう事を言っている場合には、見えないのですが」
分かってると、変わらず葵は京護の顔を覗き込む。
「痛いところとか苦しいところとか、あるよね。そうしないようにぼく、がんばったんだけど」
葵の質問に、京護は息苦しいなりに約束を思い出す。
指切りを、したのだ。痛かったり、苦しかったら教えてと葵が言った。
「いたくは、無い…………」
「良かった。他はどう? どんな感じ? 痛くないなら苦しいの?」
葵の言葉を、重い思考で咀嚼する。
葵は、良かったと肩を撫でおろした。
他はどうかと聞かれた。
この症状は、苦しいというものなのか。
玄関をまたいで建物に入った途端、スイッチが入ったような眩暈がした。
視界が左右にブレ、立っていることが出来なくなり、支える物が無いのに手を伸ばす。
最初に京護の身を守ろうとしたのは、焦った顔の葵だった。
「船に寄った感じがして、きもちわるい…………」
「船に乗った事あるんだ、良いなあ。今度はぼくとも行こうよ」
「うん」
今度は何も考えずに頷く。
「待ってね。今よりマシになるようにするから」
「うん…………」
京護の中には、葵への猜疑心は無い。
吐き気をこらえて口元を抑えながらも、葵を視界に入れる。
京護が逃げる姿勢を取らないので、様子を伺っていた甚八も状況に従う事にした。
次の行動を決めるのも、葵だった。
「甚八。京護を運んで、始めよう」
「なにを」
「作戦会議。先に京護の方だけど」
迷いもなく靴を脱いだ葵が、洋館の中を歩く。
1階の玄関口だけでも、ロビーのような広さだ。甚八は自分の靴を脱いでから、京護の靴を脱がして、共に玄関に置いた。
抱き支えたまま持ち上げた時、想定より軽い体に、勢いづいて前のめりになってしまう。
「う、わ。軽すぎて怖いな」
落ち着いたら食べさせたいな。
葵の事が言えない呑気な思考でも、体に染みた習慣は、落ち着きを取り戻してくれる。
昨日から続く、数日前までには無かった日常に甚八の心身は、食らいつくのに精一杯だった。
葵は、ロビーから真正面にある階段を上がる。
二階に向かうので、中段で分かれる左右は、どちらか上がっても構わない。
中二階に構えるステンドグラスを無視して、甚八は駆け上がる。
京護の様子に変わりは無く、ぐったりしていた。
「ぼくら住むとこ二階ね。全部揃ってる」
葵は目的地に向かいながら、あちこちを指さしする。
「ここぼくの部屋。ここ京護の部屋。ここ空き部屋で、ここお風呂。こっちトイレ。なんか広い部屋と、こっちは本ばっかりの部屋」
先導する葵が駆け足でも子供なため、甚八は一瞥だけでも位置と扉は確認できた。
少しだけ、広すぎる故に分かりにくい違和感を感じた。
葵が足を止めたのは、廊下の突き当りの壁。
「で、ここ」
訝しる甚八を横目に、葵は手際よく壁を横にスライドさせる。
先には、ぽっかりと空いた続きがあった。
「隠し部屋ですか。ああ、廊下の短さが下と違う気がしたのは、気のせいではなかったのですね」
「今のひいおじい様が聞いたらウケそう。会ったことないから知らないけど。
ここ、ひいおじい様の道楽で作ったんだって」
葵が悠々と入る後ろから、京護を抱えたままの甚八は腰を屈める。
まるで茶室の躙口だなと、心中で溜息をついて中に入る。それよりは高い出入口から中に入ると、部屋には目立った家具は無かった。
大人一人と子供二人が居ても広さに問題は無いが、それは目立った家具が無いからだ。
唯一あるのは、部屋の隅にある年代物の椅子が一脚。そして、その座面に置かれてあった、6面の色を揃える立体パズルが一つ。
1面が3x3は基本的なものでも、そこにあるのは7x7。甚八が今まで見てきたものより見た目も違っていた。
「ガラス製?」
それは中二階で横切ったステンドグラスに似た半透明で、内側に光源を持っているかのような光を持っていた。




