華出井 葵(12)と願いの井戸 14
計ってはいないので、正確性は無い。
短距離走を終えた選手のように、両ひざに手をついて項垂れている甚八を見て、京護と葵は思った。
「これ本当に40秒ぐらいじゃない」
「先生、大丈夫?」
「なんとか…………悪い、袋から水出して。連君に渡したやつだけど貰っていいかな」
意地でも京護の物にしたい甚八に、少し呆れながらも京護はビニール袋から水を出した。
「あげるから飲んで」
「ありがとう」
受け取った流れで甚八は、二人に続いて後部座席に座る。
真ん中を一番小柄な葵で挟んでいるため、3人でも狭さは無かった。
甚八はペットボトルの水を半分飲んでから、動いている景色を眺める。
「葵様。すぐとはおっしゃられましたが、行き先はどこでしょうか。
出来れば着く前に、具体的に教えて頂きたいです」
「ひいおばあ様の家」
「時代劇を葵様に勧めたとおっしゃっていた、あの方ですか」
「そう」
真横にいるので視界が合いにくい二人は、葵が少し前かがみになって会話をする。
「大昔、もう死んじゃったひいおじい様と住むために建てた家で、本家に移って使わなくなったとこ」
京護は別世界の物語に近い感覚で、二人の話を聞いている。
人差し指をピッと立てた葵は、山を窓越しに指した。
「色々あって、夏以外にまた住むようになったんだって。夏だけ本家で過ごしてる」
「夏だけって…………ああ、本家は山側にありますから」
「町より涼しいもんね。今年はそれでも暑いよ」
足をぶらぶら前後に揺らす葵の言葉に、京護だけが喉を引くつかせた。
全てが代わり、そして終えたのは、共に夏だ。
まだ終えて間もない事を京護に知らせるように、空は夏の色をしている。
京護の胸の内には、別の不安が生まれ始めた。
新しい場所が自分にとって、良い場所とは限らないからだ。
二人は京護の心情に気づかず、話を続ける。
「それで、学校に通いやすいとこない? て聞いたら、一緒に住んで良いって。だから、今年の春からそこで暮らしてる。
京護も住んで良いって言ってくれたんだ」
突然、自分の名前が出てきて驚いた京護は、聞き逃したところがあったかと肩を揺らした。
視線が合った葵に、変わったところはない。
「ぼくと京護は、いとこって思ってるんだ。だから口裏合わせてね」
「う、うん」
京護の頷きに、葵は笑みを深めた。
そして姿勢を京護に向けたまま、甚八を見るように目線を斜めにする。
「建てたのひいおばあ様が若い時だから、戦国かな。だいぶ古いけど結構綺麗だよ」
「戦国時代は今から550年ぐらい前ですよ」
葵の頭上で苦笑いをする甚八と、更に目を三日月にした葵が、京護の視界に入った。
楽しそうだなあと、葵を見て思う。
「Hの平成の前ってなんだっけ。Sて戦国じゃないんだ。甚八の頃ってテレビあった?」
「平成の前は昭和ですし、僕は昭和生まれですが終わりの方ですし、テレビは生まれた時からカラーであります」
同じ苦笑いでも、先より声のトーンが違う。
葵は我が意を得たりと、体制を甚八側に変える。
「ムキになってやんのー。あおり耐性無さ過ぎじゃないの、甚八」
「…………ぐうの音も出ないとはこの事ですか」
あおり耐性の元が父親である京護は、複雑な気持ちになる。
とはいえ葵が楽しそうだから良いかと、思うだけにした。
会話のタイミングを見計らうように、車がゆっくりと止まった。
「葵様」
運転手が葵に声をかけると、葵は甚八側の窓から外を見る。
「着いた」
「病院からも近いですね」
「だからここにあるの。逆かな、ここにあるから病院が近いの」
運転手が甚八側のドアを開けた。
対応に困るのを隠さないまま会釈をして出る甚八に続き、葵と京護も降りる。
頭を下げている運転手に、葵だけが振り返った。
「ありがと。帰って良いよ。病院で転がってる二人もよろしくね」
運転手は無言で一礼すると、そのまま運転席に戻った。
その間、二人は建物を見上げていた。
京護は、一般住宅の想像外だった規模に。
甚八は、周囲の住宅とは一線を画す家の見た目に。
「これは…………疑洋風建築ですね」
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