表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

序章・連 京護(14)の転換日 4

「シンプルな悪口っ」

 カッとなった甚八は勢いで叫ぶが、これ以上は、生存本能で言い返せなかった。

「いやいや言い返すことがバカバカしい」

 アンガーマネジメントを思い出し、6秒数えている間に気づく。

 相手の方が命を握っている力は強いのに、お互いが、観察される側でこの場が進んでいる。

 眉間の皺を指で伸ばしながら、最後の1秒で溜息をつく。

 ペースは戻った。 

「子供の前なんです。口が悪い会話は、やめましょう」

 引き合いに出した京護を見ると、倒れていた体を少しだけ起こしていた。

 こちらの様子を肩ごしに伺いつつも、まだ少し苦しげに息を吐いている。

 甚八は、ベッドの傍にある小さな机の上を見た。つい先日に置いたままだった、深めのプラスチック容器を手に取る。

 U型のトレイには、ビニール袋が広げられていたので、そのままを京護の口元に沿える。

「吐きたくなったら、ここに吐いて良いから。君のペースで大丈夫だよ」

 そう告げた医師をならうように、影が、言葉を繰り返した。


【はきた クナ ここ ハイテ い イカラ】


 腕一本の影が、ベッドに手をかける。

 底から這い上がっている、その手が少年に近づくにつれ、枝分かれしていく。


【ハケ はく ハケ はく イイ はけ ムスコ】


 鳥の巣、鳥かご、次は、網に見えた。


 足から被さろうとする網目の影を、京護は一瞥してから、自ら足を引っ込めた。

「……吐かないよ」

 影は動きを止め。すぐに網目の一本がほどけた紐のように、京護に近づく。


【なぜ】


【ナゼ なぜ】


【ナゼ なぜ ナゼ なぜ ナゼ】


 紐の影だけが動き、【なぜ】と問う数だけ、先が補足枝分かれする。

 タコ紐ほどの太さがそれぞれうごめき、京護の口を開ける。

 ある影は口を固定し、ある数本は喉に潜り込み、鼻腔を通り、一つだけ眼球に這い上がる。


「ちょ、っ、ぁぐ……」

 痛みより違和感が先にあるのか、侵入する影たちを捕まえて、引きずりだそうとする。

 見下ろす甚八の方が、痛々しげに眉根を顰めた。

 眼球の縁にそって出た影の先のまま、至近距離になった京護の目に向かって、話しかけた。


【は カナイ はけ ダス だす ラク】


「らく、ジャナイ」

 苦し気に出た京護の声が、一瞬、影の声に聞こえた。

 医師の緊張感をよそに、喉に侵入する根元を掴んだ。

 弱弱しい力でも引っ張ると、あっさり全ての影を抜いた。


「これの方が、っうえ、気持ち悪い……おえっ」


【むすこ ハイタ あと ネテタ】


【ねる イヤカ】 


 垂れる涎を袖で拭きながら、言われる言葉の意味を考える。

 影も医師も、少年に何もしてはこない。

 沈黙の間に、過呼吸も含めて呼吸が落ち着いた。

 そうしてようやく、影が何を指していたのか思い当たることができた。

「もしかして……おれが小さいころ風邪引いて床に吐いたこと言ってる?」

 あの時、母親が京護の背中をさすっていた。

 幼かった自分は、吐いた次の日から、徐々に回復していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ