華出井 葵(12)と願いの井戸 10
「連君がんばれ。つまりソレは、わざわざ僕にも伝わるように、わざわざ言語を寄せたって事になる」
二人のやり取りに和らいだ甚八の眉間の皺が、また深くなる。
ほぼ独り言だが声は大きいので、京護と葵は互いに目を合わせた。
「声が聞こえない人にって事?」
京護は甚八を見上げ、葵は足元の影を見下ろした。
「おっさんそうなの? あっそ。甚八、通じるかの相手させられてんじゃん」
「意思疎通をしてくれようとするのは、助かりますよ。
わざわざそうしてまで言う事が、煽りとシンプルな悪口なんですよね今のところ。人間じみているというかなんというか」
人間のフリをしていた時、どんな様子だったのか興味が湧き、こちらを見上げる京護に視線を移す。
影の子である京護は、少し不安げに首を傾げた。
「先生、わざわざの所だけ声が強いんだけど。怒ってる?」
「ごめん、不安にさせたね。怒ってはいないよ。大人げないなって思ってるだけ」
なだめるように慌てて笑顔を作るが、二人には、胡散臭い物に見えてしまった。
なにより、後半の語気が強い。
「それって」
「甚八がヒマ人に、あおられ負けしちゃってるの。京護は気にしなくて良いって」
足元に巣くう影のカラスの群れが、ゆらゆらと揺らめいた。
無数の目が浮かび上がっているものの、形は一定で見開いた形を保っている。
音は無い。笑われているのか、甚八には聞こえないメッセージでも投げているのか分からない。
甚八は、表情に変化の無い京護を見てから、葵を見た。
「葵様。暇、とおっしゃった意味は」
「おっさんはヒマなんだよ。基本、死なないから」
葵の言葉に、甚八だけが反応する。とはいえ、指先がぴくりと動く程度だ。
葵は気にせず、影のカラス全てを見渡す。気づけば、病室の半分になっていた。
「ヒマだから知らない事、やってない事をやっちゃう。死んでも外側だけだから、またやる。
ぼくらの言葉も話すの楽しいみたい」
一番窓に近い影が飛び立とうとしているのか、動きが他より妙だった。
しかし影は影であり、京護の作る影から離れることは無かった。
「お父さん、勝手に動いちゃダメだよ」
【うごく ソト うごく ウゴク とぶ ウゴク】
「京護。言って聞かないから、おっさんなんだよ」
「死んでも外側だけ…………」
自分の思考に入り込む甚八に、葵は適当で根拠のない忠告する。
「甚八、考えすぎるとハゲるよ」
「ご忠告痛み入ります」
「返してきとーっ」
抑揚もなく答えている甚八だったが、葵は気にせず笑った。
葵が気にしているのは、影だ。
「でさあ、おっさんはその状態で話すのもう止めたら。京護がいなきゃ出来ないんでしょ、それ」
「おれは大丈夫で…………だよ」
です、と言い切る前に言い直した。
第三者から伺う分には、京護の言うように、問題はなさそうに見える。
葵は、京護の着ているパーカーを右手で掴んだ。サイズが大人用だから、折りたたんで皺が寄っている腕のところをだ。
掴んだ部分を、くいっと下に引っ張り、京護の表情を見逃さない為に見上げる。
「痛いとか苦しいとか無いの」
葵の心配する素直な様子に、京護は、自然と顔をほころばせた。
「無いよ」
「痛いとか苦しいとかあったら、言ってよ」
「うん」
葵はパーカーを掴んでいた右手を緩め、その手で指きりの形を作った。
「約束だからね」
京護は頷いて、指きりをする。
指きった! と葵が元気に叫び、そのテンションのまま京護に提案する。
「じゃあ京護。おっさんがジャマしたから言うのおそくなったけど、引っ越ししよう。
ぼく、それもあって迎えに来たんだ」
2/15(日)4:00にも更新します(設定済)




