華出井 葵(12)と願いの井戸 9
葵はその場にしゃがみ、足元のカラスの、影たちを指で突く。影に吸い込まれた指は見えないが、影にも葵にもダメージは見えない。
京護と甚八は、ハラハラと様子を見ているしか出来なかった。
影から指を抜いた葵は、自分の指を見て笑った。そして、影を見下ろすように立ち上がる。
「ぼくをおとりにしたつもりだけど、あまーい。ボス戦の前に、装備固めるのは基本だよ」
影のカラスたち全てが、葵を見上げる。
【オマエ どうか シタカ】
影の声に、三者三様のリアクションとなる。
葵は目を細め、先に影に埋めた指を再度見てから、音もなく笑った。
京護は首を傾げ、どうかしたんだろうか、という意味と読んだ。
甚八は、京護の思った言い回しともう一つ。同化したのか、とも読んだ。
甚八が葵に声をかける前に、葵が甚八へ、くるりと体ごと向けた。
「甚八にさっきの説明、まだだったよね」
「…………はい。よろしくお願いします」
話題にしない方が良いらしい。
どちらにせよ知りたかった事なので、甚八は素直に頷いた。
「甚八どこ知りたい? 陰口言われてるかって気にしてたよね」
「それは言葉の綾です」
「アヤってなに」
「例えなだけで、どうにでも解釈できるという意味です。例えですが、あの、言っていたのですか僕の悪口」
コレ、と指をさすか悩んで、顔だけを向けた。
影のカラスの群れは静かに、葵だけを見ている。
京護はカラスたちを見下ろし、複雑な顔をした。
「お父さん、先生いじめちゃ駄目だって。頭も悪くないよ。…………目の下のくまは怖いけど」
「言ってたんだね。連君のフォローが沁みる。ひと区切りしたら寝るから、怖がらないで。心に刺さる」
髭も剃って身なりは整えているつもりなんだけどなと、声だけは嘆いているフリをする。
甚八の問題だが、甚八を無視して、葵は話を戻した。
「悪口っていっても、直接聞いてんでしょ甚八。
ぼくとの会話も、簡単に言えばこんな感じだから」
以下、影のセリフを交えての再現。
「ぼくが強いだけだけど、ブザマに二度目も負けちゃって、いい気味だね」
強めの風が部屋に響いた。影が葵に、反論していたからだ。
【【二度負ける事が無様なのかは、人間の基準だろ。最後に残るのがワシなら、勝ちはどっちだ。
ここにいるのも見つけたぞ】】
「へえ、言うじゃん。でも知らないと思ってたんでしょ。だからそっちもやってたの知らなかったんだよね」
二度目は、先より柔らかい風が流れた。影が話を変えたからだ。
【【お前コッチの匂いがするのに、やり方が人間臭いな。お前なんなんだ。
人間なら、無様とザマァといい気味は同じ意味で言っているのか】】
「いい気味もザマァも同じじゃないの」
三度目は、外なら違和感にもならない音だった。
互いに喧嘩をするのを止めたのが、大きな理由だ。
【【ワシらは通用しないが、人間に頭悪いは悪口になってるか。
ワシも今の言いたいが、悪口をワシに言うのは何でだ】】
「そうそう。それもこれも悪口。全部おっさんに言えるよ。なんで? 京護いじめたからだよ。
え、どこで使うのさ、おっさんが」
風の音は、葵の呆れた声にかき消えた。
影が楽しそうだから。
【【ワシらにも悪口言いたい。
あそこの男、ワシを殺しもせず逃げもせずワシと話したがってて面白い。悪口の反応見るの変で面白い】】
「おっさんでマウント知らないなら、きかないんじゃないの。
甚八にはきいた? ええー、甚八もおっさんに付き合っちゃってさあ」
以上。補足終了。
「ていう、やり取りしてた」
葵だけを見ていた甚八は、寝不足で回らなくなってきた頭で整理しようと試みる。
唸りながら眉間の皺が深くなるが、色んな事が混ざるだけだった。影からの悪口には、確かに過度に反応していたので、反省しておく。
「言いたい事だらけなのですが、とりあえず一つ。あの短い音で、今の会話をしていたと」
「短いかな。短くないよね京護」
「はい」
「はい、じゃなくってぇ」
「うん、そうで…………短くない、よ」
京護に対する、葵の敬語不可矯正は本気だった。




