華出井 葵(12)と願いの井戸 8
甚八は、耳を疑った。
相手が葵でなければ、なんて言った? と聞き返している。
顔には十分出ていたので、葵は甚八を見て、首を縦に振った。
「おっさん、同時攻撃、大玉砕」
笑える! と腹を抱える葵に、甚八は白衣のポケットから、仕事用の携帯電話を取り出す。
着信はない。
メールも無い。
そして、廊下に倒れていた若い男女二人を思い出した。
「葵様、下も葵様のおかげで無事という事でしょうか。上は、あの二人を除いてになると思われますが」
このまま病室を出て一般病棟に行きたいのを、押しとどめて尋ねる。
葵は、ニィと歯を見せて笑った。
「ぼくを見くびらなかったお前に聞きたいんだ。あれ、どうにかしたいんだけど」
葵が指したのは、開けっ放しになっている、扉の外。
軽い手招きを甚八だけにしたので、京護はその場に留まる。葵は廊下に出てから、ひょいと付いてきていない京護に声をかけた。
「京護来ないの? いいよ。艻月のが転がってるだけだけど」
「い、いいです。待ってます」
「敬語ぉ」
「…………待ってる」
隠す気はないようで、声は十分に聞こえる。
ろくづき、というのは、京護の知らない分家の名前だ。
「ぼくと年が近いから、お試しでどうでしょうって言われたんだけど。ジャマで」
「艻月家の護衛に不満でも」
甚八は改めて、二人の状態を確認する。最初に思った通り外傷はなく、気絶だろうと今回も判断した。
しゃがんで二人を診察する横で、葵は立ったまま廊下から京護を見る。
京護は、手を振ってきた葵に釣られて振り返す。
京護の肩に止まっていた影は、葵と甚八が廊下に移動した間に姿を変えていた。
二対四羽から一般的なカラスの形態になり、京護を囲むようにして、数を増やしながら床にいる。
葵は、そんな影を見ても笑っていた。
「甚八。ぼくは、年が近いだけなら京護がいれば良いんだ。
だから、ヘボをパーティーに加えるの嫌なのに、おじい様が付けちゃってさ」
前半は病室に視線を向けて、言葉の後半で廊下に姿勢を戻す。
葵の言うおじい様とは、現当主が影との因縁の末に亡くなった事により、空席預かりになった指揮系統を取りまとめている人物だ。
「なるほど」
甚八は大いに頷いた。葵でも逆らえない相手だ。
「葵様。一つ質問してもよろしいですか」
「なに」
「パーティーを作ったのはいつからでしょう」
「甚八入ってるよ。良かったね、ぼっちじゃないよ」
「それは…………光栄です」
はぐらかされたものの、しっかり核心は突かれた。つい甚八は、緊張感を緩める。
「では僕は、パーティーメンバーとしての助言を求められたという事ですね」
「そう」
「この二人は艻月家の生え抜きと聞いております。
今回の件を報告した熨斗付きで返してしまえば、双方納得されると思われます。
葵様に護衛は必要でしょうが、ひとまずは大人しくなるかと」
「えーいらないのに。これはこのまま放っておこ」
この話は終わり、と病室には甚八と一緒に戻った。
複数羽のカラスになっている事を知らなかった甚八は、京護の周囲を覆いそうな影色に、足が一度止まった。
構わず葵が入るので、後に続く。
光景だけなら、影を使役しているのは京護に見える。影の攻撃対象が京護の願いと繋がっているのは、影も認めている。
だが行動だけなら、京護の意思は必要ないのだ。
「…………まさか我々に圧をかけてきていた時に、院内を探っていたとは。今もでしょうか」
「今はしてない。探るのは別に良いんだ、探すだけだから。攻撃させなきゃ、こっちの勝ちなんだもん。
ただいま京護」
「おかえりなさい」
短い距離を走り寄る葵は京護に近寄り、増殖しているカラスの影を見下ろした。
「出し抜くつもりだったみたいだけど、ぼくが防いだから悔しそう。
悔しすぎて引いてんの。分かんないから。だよねー」




