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華出井 葵(12)と願いの井戸 6

 すぐには直せないと逃げた京護に、葵は頬を膨らませる。

 分かりやすく不貞腐れたので、どうしようと眺める二人だったが、部屋に風を切る音がした為に話が戻った。

 カラスの形のまま、影中に複数の目をびっしりと浮かび上がらせて葵を見やる。全ての目の下の部分が歪み、笑っているようだった。

「ぼくにマウント取っても無駄だよ。おっさんの方が京護困らせたじゃん。こりずにまたやったのも知ってんだから」

 また、の部分で、京護の頬がピクリと震える。

 影が京護の体を乗っ取り、使った事を指しているからだ。

 甚八と京護を置き去りに、影と葵は舌戦を再開させる。

「ぼくが強いだけだけど、ブザマに二度目も負けちゃって、いい気味だね」

 強めの風が部屋に響いた。 

「へえ、言うじゃん。でも知らないと思ってたんでしょ。だからそっちもやってたの知らなかったんだよね」

 二度目は、先より柔らかい風が流れた。

「いい気味もザマァも同じじゃないの」

 三度目は、外なら違和感にもならない音だった。

「そうそう。それもこれも悪口。全部おっさんに言えるよ。なんで? 京護いじめたからだよ。

 え、どこで使うのさ、おっさんが」

 風の音は、葵の呆れた声にかき消えた。

「おっさんでマウント知らないなら、きかないんじゃないの。

 甚八にはきいた? ええー、甚八もおっさんに付き合っちゃってさあ」

 京護は、自分には向けない忌憚のない口調に困惑し、見ているしかできない。

「こんなに口悪い葵様、初めて見た」

 京護より輪に入れない甚八は、影の舌戦に付き合ったつもりはない。

 反論できる立場でも状況でもないので、葵なりに猫を被っていた事に感心だけしておく。

 そして、バレても良い猫な方が周囲のとばっちり率高いんだよなと、ひっそり溜息をついた。

「葵様は割とハッキリおっしゃるよ。

 うん、ていうか僕は、この状況を聞いても良いかな」

「先生がおれに?」

 すす、と京護の横に近寄る甚八を見上げる。

 甚八は、自分とは正反対にいる影を一瞥した。

「ソレ。僕には聞こえないけど、もしかして葵様と連君には分かる言語で話してるの?」

 素朴であり確信的な質問に、葵と影の舌戦も止まった。

 この中で、誰よりも動揺したのは京護だ。

 最初は、何を聞かれたのか分からなかった。

 ものの数秒で理解し、目を丸くする。

「…………本当に聞こえないんだ」

 驚きを隠さない独り言は、質問への答えになっていた。

「本当に? 先生も聞こえないの? こんなにハッキリ聞こえるのに」

 先までより首を上げて、甚八を真っすぐに見る。

「皆、聞こえないフリとか、ごまかしてるんだと思ってた」

 京護は震える口元を、きゅっと結んでから、事実を受け止めた。

「おれと葵様以外、分からないんだ…………」

 身に着けている甚八のパーカーの、だぼついている裾を握り込む。

 優越さは見えない。

 ただ、驚いているのだ。

 そして、甚八には語っていない過去の部分を、顧みてしまっている。

 甚八は、身長差で京護の首が痛そうだなと思い、少しかがんだ。

 俯かせない程度に視線を合わせ、簡素だった質問を肉付けする。

「会話ができる言葉としてなら聞こえないよ。しいていうなら、風? かな。風を切るような音は、タイミングよく聞こえる。

 もしかしたら、他にも音を立てていたのかもしれない。それらは全て、言語になっていない」

 甚八と京護は、たった1日でも、知らない事を補い合いたい関係を築いた。 

 互いに感じ取っているから、甚八も誤魔化しはせずに伝える。

「だからね」

 甚八は、ここで相手が同級生や竹馬の友なら、両肩を掴んで揺さぶって叫んでいた。

 大人としてのプライドや恥など無用。

「仲間外れよくない泣きそう。何を言ってるか教えてくれないか。陰口でも良い。言語なら聞き分けたい」

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