華出井 葵(12)と願いの井戸 5
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京護の右腕に出来た影から、枯れ枝のような細長い手が出る。
手の大きさは赤ん坊ほどで、その1本目が京護の腕を掴む。影は次々と増え、京護の腕や手にしがみついていく。
這い上がる仕草に見えた複数の影枝が、京護に乗ったままの葵を指さす。
その時、窓が閉められている病室で、風の音がした。
甚八は廊下からかと、半端に開いていた扉を見たが違っていた。視線の先には、葵の護衛でついて来た若い男女が倒れているので近寄った。
生きている事だけを確認するや、あっさりと視線から外す。
葵は甚八が気にした全てを気にせず、幾重の枯れ枝めいた影を、鼻であしらう気だった。それに割って入ったのは、京護だ。
「お父さん。おれの恩人に、そんな言い方しないでっ」
「京護、これただの負け惜しみだよ」
葵の勝ち誇った顔を横に置いている甚八は、そんな言い方とは? と聞き返したくて仕方がなかった。
今のやり取りで、会話が成立したようには見えないからだ。
どういう意味か知りたかったのに、甚八が口にしたのは京護の有り様だった。
「その状態のままで怒るんだね、連君」
脳と口が誤作動した。徹夜の疲労がそろそろ溜まっていると、自己分析する。
横から指摘を受けた京護は、葵から視線を外して、目を閉じた。
「…………どいてと、言いにくくて…………」
「分かるよ」
思考が鈍くなってきた甚八が、うんうんと頷く。
影は葵を指さしたままで、葵は京護だけを見ている。
「京護、どいて欲しいの?」
京護は、肯定にしかならない沈黙を選んだ。
柔らかい頬が上がるほど口角を上げた葵を見て、甚八は心の中で合掌した。
「どいて欲しいなら、どけよ葵、て素っ気ない感じで言って欲しいなあ。ぼくたち友達でしょ」
友達、の部分で、京護は口元をもごもごとさせ、葵を何度もチラ見する。
葵はひとさし指を立て、指揮棒としてリズムよく宙に振った。
「はい、いっせーのっせ」
「…………どいて、欲しいです。葵様」
「様も敬語もいらないんだけど」
指揮棒代わりの指は、まだ回っている。
甚八だけが気にした光景として、影の指も葵の真似をして回していた。
「無理です。おれ、大人に怒られた事あるんです。あと葵様は恩人だから、葵様で良いかなて」
「だれが京護に怒ったのか後で聞くね。
で、ぼくは、様、いらないんだけど」
「…………がんばります」
空中で八の字を描いていた指が止まる。影も真似て止まった。
「じゃあ、どいてあげる。今度は様なしね」
「はい…………」
「はい、じゃなくってぇ」
「…………うん」
「んふふ」
軽くなった京護は起き上がり、吐き気を抑えるようにして自身の腹を撫でた。
影は京護の背後に移動する際、枯れ枝に見える数多の手を集合させ、一羽のカラスに変貌する。
影のカラスは二対四枚の羽根を持ち、京護の肩に止まる。
足は二本だが、どちらも根元から下の影は京護の背中を覆って、そのまま床に続いていた。
京護も葵も影への警戒が無いので、甚八は影の事は気にしつつ、気が緩んだ笑いが出てしまった。
内容はさておき、京護の自主性と、子供同士での会話を見られたからだ。
そう、内容はさておきだ。
「連君に親近感湧いたな、僕」
巻き込まれるにしても、最終的に引き寄せた存在の大きさに、甚八は畏怖と共に京護に同情した。
葵は、華出井家の次期当主が確定している。要因の先には京護が絡んでいるが、当の少年はまだ知らない。
葵が決めたタイミングで知らされるであろう京護は、曖昧な言い方の割に楽しそうな甚八に、眉を下げて見上げる。
拗ねているのだ。
「先生だって葵様なのに」
「連君とは肩書きだけなら分家同士だしね。でも子供には関係ないと、僕は思いますよ。葵様」
甚八は、立たせてあげようと京護に手を伸ばす。
手の先にある甚八の顔を見てから、京護は、その手を握った。
「結局、葵様の味方なんだ」
「そこも含めての、親近感だよ」
「京護また、様って言ったぁっ」




