華出井 葵(12)と願いの井戸 3
「甘口だ」
ルゥの色が明るめのカレーを一口、噛みしめる。
刺激物だと言ったので、京護は辛口だと思っていた。
「先生、甘口派なの」
テーブルに広げられた甚八用のデザートたちを見て、聞くまでもなかったと、最後の二口目を食べる。
カレーを飲むように食べる甚八は、あっという間に器を綺麗にした。
「中辛でも食べるけど、ギリだね」
「大人って、辛い物大丈夫だと思ってた」
「そういう人もいる。僕はそっちじゃない大人の方」
言いながら甚八の手は、菓子パンに伸びている。
京護はカレーで促された食欲で、昨日食べなかったヨーグルトを開ける。
自主的に食べる京護に内心で胸を撫でおろした甚八は、カレー以降の食欲をなくすのが分かっていても、聞くしかない事があった。
「連君。アレ、君が起きてから何か動きあった?」
甚八が、アレと言いながら京護の足元を見る。
何を指しているか明白なので、京護もすくったヨーグルトが落ちないように、同じ足元を眺める。
「返事もないし、姿も全然」
「そうか」
菓子パンを食べ、咀嚼と思案を混ぜる。
「策も無しには来ないだろう。どちらにせよ来ない選択はないから、僕らは…………」
甚八が、菓子パンを持っていない方の手で拳を作った。
「なるようになるさと、構えておこう」
「…………うん」
策があるのか期待していた京護は、その感情を隠さない眼差しで頷いた。
子供の期待値と好感度が下がった時の、それでいて面と向かって言わない視線が痛い。
甚八は、握った拳の親指だけを立て、自身を指す。
「連君。この件で僕は何もできない。付け焼刃のアイデアと行動で努力をした気になるより、他の人には出来ない、僕の仕事をする」
「先生の仕事?」
「そう。物事は、適材適所が最適解だ。そして僕は医者だ」
医者なのは知っている。疲れ顔でわざとらしく熱弁する甚八に、京護は、会話の相槌として頷いた。
甚八は菓子パンを食べ終えると、目の前に和菓子三つを並べた。
コンビニで買った個包装のどら焼きを最初に、甚八自身の前に持ってくる。
「まず一つ目。僕は君の主治医だが、他にも患者はいる。ここが僕の職場だから。
その仕事を調整して、君につきっきりになれと本家から言われた」
「え、つきっきりって」
「ていの良い見張りにしか見えないし、事実だ。僕は、円花を継ぐ事にしたから。これからは本家と、僕の家が最優先になる」
円花、の名前に、京護の肩が緊張で固まる。
「そのことを踏まえて、あと二つ」
甚八は愛想を惜しみなく振舞い、どら焼きよりは小さいが重量のある塩大福を、手前に持ってきた。
「どうしたいかは、連君が決められる。未成年だから、保護者は絶対必要だけどね。
僕をというか円花家を拒絶するなら、次に名乗りをあげるなら蔵馬家だろう。
福祉もあるが、聞きたいならそっちは追々説明するよ。
僕が言いたいのは、僕のままでも断っても、僕は君の社会復帰を最優先に進める」
甚八は、ノートパソコンを指さした。
「まだ県内の中学校だけだが、転入する為に必要なものは調べた。
君用の筆記具と未履修のテキストは手配したから、届いたら好きな時に勉強してごらん」
京護は、ノートパソコンと甚八を交互に見た。
まくしたてるように言ったので、全てを把握は出来ないと、甚八は思っている。
だから、一番最後だけをもう一度伝えた。
「学校に行きたいと言っただろ。それを叶える手伝いをするのに、僕の立場は関係ないよ」
甚八は最後に、一番小さな最中をひょいと持ち上げ、個包装を開けて食べた。
「3つ目。僕が円花を継ぐという事で、葵様の主治医にもなった。というか、もうなっている」
「え、え? えあ、あ? 葵様の」
驚きのまま立ち上がった京護を、甚八は満足気に見上げる。
「やっぱりそこが一番、反応がいいね」
うんうんと頷き、あっという間に最中を食べ終える。
そして廊下からバタバタと、勢いの良い子供の走る音が近づいてきた。
病院とは思えない軽快で快活な音だなと、甚八は立ち上がって扉に向かう。
「食事と話は一旦、お休みだ。出迎えないと」




