華出井 葵(12)と願いの井戸 2
日の出の時刻には、まだ早い。
一体、何時に葵は来る予定なのか。
聞きたい京護をよそに、朝ご飯にしようと決めてからの、甚八の動きはスムーズだ。
ひとまずノートパソコンや書類をまとめ、一人用ソファに置く。
そして病室の出入口に向かい、扉を開けた。誰もいないが、廊下側の足元には紙袋が一つ。
京護が寝ている間に手配していた、京護用のタオルや洗面用具に、着替え一式だ。
紙袋は、長ソファに座ったままの京護に渡す。
「先にシャワー浴びておいて。これ着替え。作務衣型の病衣しかないけど、下着は病院で販売している新しいやつ」
紙袋を覗き込むと、病衣だけと言っていた中に、別の服が入っていた。
「これは?」
「僕のパーカー。ちょっと着たおしてるけど良かったら着て。ちゃんと洗濯して、まだ着てないやつだから。
着たやつとは別に、置いてたやつだから」
後半を特に強調して言うのが、気になった。
京護はパーカーだけを紙袋から出して、腕一杯伸ばして広げる。
大きいな、綺麗そうだけどな、色が濃い青なのは好きな色なのかなと、興味津々と見る。
京護の観察する様は気になるが、空腹には勝てない。
スマートフォンと携帯電話を白衣のポケットに入れて、再び出入口に向かう。
「じゃあ、僕は食料調達してくるよ。
連君は、シャワーね。お腹が空いたら、冷蔵庫にある物を食べておいて。
元々、昨日買っていた君のだから」
バタンと出て行った扉を、しばらく眺める。
一人分の足音が遠のくと、廊下も病室も、人の気配が薄い。
己さえも息を殺し、京護は俯いてから、小声で読んだ。
「お父さん」
しかし、反応は無い。
もう一度呼ぶか考え、口を閉じた。
葵の話題が出てからの、影の挙動を思い出す。
「…………いやな予感しかない」
これは、呼んでも出ない。しかるべきと決めた時以外は、出て来ないだろう。
不安ごと紙袋を持って、京護はバスルームに向かった。
「ねえ、何する気なの」
止められる自信はないので、せめて庇えるようにしておこうと決意する。
病衣を脱ぎながらあれこれ考えるが、何も浮かばない。
今の自分に出来ることは、主張だけだった。
「お父さん。もし何かあっても、おれは葵様の味方だから」
どこに向かって言えば良いのか分からないので、とりあえず足元を見下ろしてみる。
やはり、反応は無かった。
その代わりとばかりなタイミングで、出入口の扉が開く音がした。
「ただいまー。あれ、まだシャワー中か」
…………早すぎない?
慌てて京護はバスルームに入り、湯が出る方のハンドルを捻る。
ものの数分で出ると、テーブルより手前にあるキッチンに甚八が居た。器に移したレトルトカレーを、電子レンジで温めていたのだ。
甚八は、濃紺のパーカーを着て出てきた京護を見る。
ぶかぶかな袖は、大雑把に何回か巻くっている。
「サッパリしたかい」
「うん…………」
待たせてしまったのを謝ろうか考えるも、甚八の意識は、どう見てもカレーだった。
チン、という音に勝つ勢いで開けると、あっという間に部屋がカレーの匂いになる。
甚八は京護の顔を見てから、人差し指を口元に当てて笑った。
「食べたい? 君の胃にはまだ刺激物だから、ちょっとだけね」
「うん」
反射で返す京護に、甚八の笑みが深まる。
「いいね。回復には、食べたい気持ちが一番だよ」
甚八の頬が、一層丸くなる。
京護の朝食に、二口程度のカレーが加わった。




