表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/31

華出井 葵(12)と願いの井戸 1

 むらじくん、と呼ばれた。

 そんな風に呼ばれなくなって久しい京護は、これは夢だと思った。

 馴染みの無いベッドの感触だから、間違いなく夢だ。

 呼ばれる声は優しいし、夢なら寝て居よう。

 でも誰だろう。

 そういえば最近、自分より年下の子供に懐かれた。

 その子は、いつも楽し気に京護と呼ぶ。

「むらじくん」

 苗字で呼ぶ声が、先よりハッキリしていく。

 変わってしまった現実は辛く、起きたくない日々となった5年間。

 そんな毎日に、こんな声は無かった。聞き覚えがあるのは何故だろう。

「連君、そろそろ起きないと来てしまうよ」

「…………だれぇ?」

 寝言のように舌足らずに返すと、連君と呼ぶ声が答えた。

「葵様が」

 パッチリ、という音が似合う勢いで覚醒した。

「葵様がっ」

 勢いよく起きると、声の主が甚八だったのに気づく。

 視界に見える風景で、ようやくここが病室だと思い出し、安堵の息を吐く。

 もうここは、あの日々が終わった先。

 その引き換えに、己の影には父がいるという奇異な現実。

 京護にとっては一瞬強張った全身の力が、ゆるりと抜ける、安心できる場所。

 そんな場所だと思わせてくれた当事者であり、寝ていた京護を起こしたのが甚八だ。

 京護が寝ていた長ソファの向かいにある、一人用に座っている甚八は、明確に疲労を背負っていた。

「…………先生、目の下すごい」

 甚八の目の下。くまの居座りの濃さに、思わずたじろぐ。

「寝てないの? おれがいたから」

「ん? いや、僕の毎日はこんな感じだよ。ちょっとは寝たし」

 甚八はソファのひじかけに手を置いて、立ち上がる。

 よく見れば、食べ物や飲み物の残骸が広がっていたテーブルは、綺麗に片付けられていた。

 代わりにノートパソコンや書類、エナジードリンクの缶に変わっている。スマ―トフォンと折りたたみの携帯電話が一台ずつ、ノートパソコンの傍にあった。

 何かしらの作業をしていたのは分かるけど、すぐ傍なのに気づかなかった。

 気づかなかったことに驚きながら、背伸びをする甚八を見る。

「あー、年々腰に堪える」

 無精ひげの生えた顎をさすり、京護に声をかけた。

「おはよう連君」

 まるで、今までも当たり前にかけられたような口調だった。

 京護は、胸の内に柔らかい陽光がさす気分で返す。

「おはよう、先生」

 甚八は、満足げに頷いた。

「じゃあ葵様が来る前に、朝ご飯にしよう。僕は朝カレーにしたいけど、匂い大丈夫かい」

 そう聞かれ、記憶に残っていた香りに胃が刺激される。

 同時に、こんなに見た目くたびれているのに今からカレー食べるんだと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ