序章・連 京護(14)の転換日 3
ままよと、甚八が手を伸ばす。
揺らめく影の籠目に腕を入れれも、数多の視線は感じるだけで、何もしてはこなかった。
「連君。今から君の背中を撫でるよ? ダメなら何かアクションを起こして」
届く手の平で、少年の背をゆっくり撫でる。
最初こそ医師の体温に慄いたものの、徐々に医師の呼吸と、合わせていこうとする。
場にそぐわない、穏やかな声に引き寄せられる。
「無理に吸わなくて良い。酸素は入っているから、吐くんだ。大丈夫。治まっていくよ」
「はー 、は、っ、はー、ぅ、ケホッ」
甚八は京護の背中をさすりながら、それとなく影をのぞき見る。
影の一部は、まるで首を傾げるように左右に揺れ、何度も同じ言葉を呟いていた。
【かこ キ ゆ カコ きゆ ウ きゆう】
「……言葉の練習でもしているのか?」
【カコ き キユウ むすこ カ こき ユウ】
【かこ キ ゆ カ き ウ きう】
【ムスコ むすこ キユ ? ここ ムスコ】
「息子、ねえ」
未だコレが、親であるのは半信半疑だ。子供への洗脳も拭えていない。
京護の呼吸が戻ってきた安堵感だけを表に出し、医師は、今分かっている事を考える。
子供の希望と結果には、差異があるらしい。
願い方の問題か、受け止め方の違いかは、まだ分からない。
思考に沈みかけた時、医師の腕に絡もうとする影に気づいた。
「うわっ」
咄嗟に籠から離れ、そのまま数歩下がる。
座っていた丸椅子の足がぶつかり、椅子とベッドを交互に見る。
触れられた腕を守る様にさすったが、見た目に変化はない。
「傷は……無いようだ」
無事と分かるや、今すぐこの腕の写真を撮っておきたくなった。
自分の腕を、経過観察したい。
ポケットにあるスマホに手を伸ばす前に、京護の呼吸が戻ってきた。
患者から離れてしまった罪悪感から、咄嗟に籠のあちこちから聞こえる影の声を見渡す。
影は、同じ言語を今も繰り返していた。
【むすこ】
【カコ きゆ ウ】
【むす ココ きゆう】
「仮に声帯があるから話せたとしても、この聞こえてる言語って、そもそも合っているのかな」
話しかけた、話しかけられた事は成立した。
甚八は撮り損ねている腕をさすってから、好奇心のまま尋ねてみた。
「あの、僕ら意思疎通出来てます?」
甚八の言葉で、影はあっさり繰り返す事をやめた。そして籠の形も変え、少年の足元から大きな手に見える影一つを出す。
闇の縁から這い上がる亡者に思える影は、手の平のように先を5本に分かれさせた。
中央には目が一つ。目は、のこぎりのようなギザギザした凹凸で割れた。
【ヒヒ おまえ アタマ わるい】




