序章・連 京護(14)の転換日 26
意識の主導権が、京護から影になってからの事を、京護は知らない。
ヘビの胴体に竜の四肢と角を持った形を、鳥類に変えた影は、変化をしながら二人に教えてやった。
【むすこ テン ねがう】
影はヘビの頭だった部分を、平たく丸い顔に。
【ワシ むすこ カエタ】
首をぐるぐると回し、
【カエタ かえた カエタ かえた】
回す数だけ繰り返す。
前に二本、後ろに二本生やした両脚で、京護の肩に乗る。
【テン てん テン じる カエタ かえた】
耳がある場所になく、ずんぐりとした体。
【すべて ナクス ため テン じて カエタ】
ばさりと聞こえそうなほど広げた風切羽はギザギザしており、最後に影は、京護に首を真横に傾けた。
まるで、フクロウだ。
【かえる トキ たえ ナイ からだ シンダ】
フクロウに似た影は、顔にあたる部分にまん丸の目を浮かばせ、羽根の先に更に羽根を生やす。
【しんだ シンダ から また ウゴカ した】
増殖する羽根は、京護の体を覆っていく。
【ウゴキ わしと ツナグ きざむ】
羽根は増えた分だけ、京護の面積を減らしていく。
【コレデ わし クワズ かん シヨウ】
影の言葉に、甚八の方が当人より動揺する。京護の様子も心配だが、迂闊に手は出せない。
京護は、真横にある漆黒の目玉二つに、自ら顔を近づけた。
影の眼球には、何も反射されない。
「葵様が、願いの井戸はなんでも叶えてくれるよって、言ったんだ」
行き所に迷う甚八の手が、ピクリと止まった。
「おれが落ちたのがそれとは知らないまま、そのことを思い出して願ったよ」
影羽根の増殖は京護の胸に達し、まだ尚、続く。
「お父さんが倒れていたあの夜に全部が変わったから、あの日に、あの家に戻りたかった。
だから、何もかも無かった事にしてって」
やがて京護の右手に到達した羽根は、寄り添うように止まった。
落ちた先で何が我が身に起こり、影にどう書き換えられたのか。
そのことよりも京護にとって気がかりな物が、影から聞かされた。
「そこからどうなったか知らなかったから……あの日、あそこに葵様が居たなんて」
京護は眉間に皺を寄せ、誰にともなく呟いた。
「どうしよう」
京護の右手に沿うようにある影羽根を、京護はむしる様に握った。
「お父さん、葵様に何もしてないよね。おれの、あそこでの唯一の恩人なんだ」
間近にあるまん丸の二つ目が一つになって、鋭く歪曲した嘴になる。
【あいつ イタ から ムスコ ここ イル】
「? どういう意味」
「連君、そこは僕も補足できるよ」
甚八を見ると、遠慮がちに片手を挙げていた。
「主導権を、どうやって連君に戻したかは知らない。その場には、葵様しかいなかったから。
その葵様が、もう大丈夫とだけ言ったらしい」
京護にとって、意味が分からない事が増えた。
甚八から視線を、影の嘴に戻す。
影は、真横に向けていた首を、今度は反対へ向けていた。
【あいつ ヘン あいつ ヘン あいつ アイツ】
甚八は、影の繰り返す声に混ざって、赤ん坊の鳴き声が聞こえた気がした。
そんな筈は無いと、影に真似るように首をひねる。
空耳が多いのは疲れだと判断し、繰り返す影を見る。
「不服そうに聞こえるんだけど」
心なしか、嘴も羽根も下がっている気がした。
事実、京護を覆っていた影が縮小している。
首を真横に振り、頭を左右に回しながら、増殖した影羽根が仕舞われていく。
考え事に集中している風なのを、京護も不思議そうに眺める。
「合ってる、と思う。多分だけど、言いたくないみたいな?」
「という事は、コレが自主的に大人しくなった訳ではないのか」
影が京護の自主性を奪い、また返したのを、甚八は目の前で見ている。
影の動向を気にする甚八とは反対に、京護の関心は一人だけだ。
「先生、葵様は無事?」
京護の言葉に、甚八は目をパチリとさせて、柔らかく笑んだ。
「葵様が気がかりかい」




