序章・連 京護(14)の転換日 23
京護は、甚八の顔色を伺いながら、話し始めた。
「あの日。おれを井戸に落とす為におれを引きずった男は、そのご当主様だった」
井戸、の言葉で、甚八の目が痛ましげに細まった。
「先生、井戸を知ってたんだ」
やっぱりな、という感情で、京護の声が固くなる。
京護の感情をも理解している甚八は、言い間違いのないように、ゆっくりと説明する。
「僕は円花家の跡継ぎだったから、色々聞いていただけだ。
自分で勝手に調べた物もあるけど、井戸が本家のどこにあるのかも、井戸の先も見たことはない」
「場所は分からないけど、蔵にあった。小さな蔵の中に、井戸だけがあった」
京護が蔵と言った時、京護の腕にまとわりつくようにして、二人を観察していた影が揺らいだ。
ヘビの胴体に竜の四肢と角を持った影は、腕から足へと移動する。
話題に食いついた様子は無い。
甚八は、知っている事だからかもしれないと、予想する。
京護は影を気にせず、甚八だけに意識を向ける。
何故なら、甚八はこの病室で言っていた。
ー僕は、華出井家から一番近い、円花家の一人息子。円花甚八と言います。
当事者の家族だ。
全容を知りたい。
それが、僕がいくらでも待つ理由。
だから、当事者に伝えないと。
「そのご当主様には、ずっと同じ人が居た。おれの家に来た時も、おれを調べようとしたり、あの日、井戸にご当主様と一緒に連れて行こうとした時も。
最後までずっと、居た」
京護は甚八を眺めながら、親子でも顔は似てないなと思った。
「その人が言ったんだ。息子の甚八が私のあとを引きついだ時も、て」
甚八の目が、みるみる驚きで見開かれ、ソファに触れていた指を力一杯立てる。
深爪では生地を傷めないが、これが皮膚なら食い込んでいただろう。
手の甲には骨が浮かび、肌がわなわなと震えている。
京護は、甚八のリアクションで確信できた。
そうじゃなかったら良いなとも、思った。
「お父さんが言ってた、お前があの男の息子かって意味。おれも分かったよ。思い出したから」
影は発した。
ーあのお トコ の ソバ いた ヤツの コ
その時から、もしかしたらと推測していた。
「先生のお父さんだったんだね。おれをあの日まで実験体にし続けて、井戸にも落としたの」
京護の言葉に、甚八の唇がわなわなと震える。
奥歯を噛みしめようとしてうまくいかず、短い呼吸を何度かして、拒絶するように目を閉じた。
やがて項垂れ、声を殺して呻く。
「っ……、……」
泣いてはいない。
やるせない感情が体中を蠢くから、どう対処していいか分からないでいる。
無意識に爪を立てていた指を離し、身を引こうとする甚八に、京護は咄嗟に声をかけた。
「聞いて先生」
聞かない筈は無いと、分かっている。
ただ、向き合い方を間違えないで欲しかった。
「聞きたかったんだよね」
京護は両ひざを折って座っていた姿勢を崩し、左側の足をソファへ倒す。
逃げようとする手に触れない代わりに、甚八が触れていたソファに左手を置く。
生地は、まだ戻らずに凹んでいた。
「先生。おれと一緒に、これからどうするかを考えて」




