序章・連 京護(14)の転換日 2
医師である甚八の挑発に反応したのは、案の定、影の鳥かごに囲われた京護だった。
少年のか細い喉がひくりと震え、反応の鈍かった目に、あからさまな動揺が浮かび上がる。
「あ、おれ……おれが、ちがう、おれはそこまでなんて……」
震える体と共に、肩まで伸ばしっぱなしの髪が揺れる。吐き気から口を抑えて俯けば、揺れる髪が少年の表情を覆ってしまった。
一方で、少年を囲う影は、ゆらりと籠全体が動くだけ。
籠目から医師を見ていた数多の目のいくつかは、内部の少年に視線を移した。
直接、籠の中に複数浮かぶ目が、少年を観察する。
やがて影の一筋がしずくのように落ち、少年の目の前で、愉快そうに目を細めた。
【ムスコ して イイ きこえ タ】
「言ってないっ」
京護の叫びに、影の籠が揺れる。
数多の目から枯れ木に似た手が生え、少年の顔を、いくつもの細い指で指した。
【いつた イツタ いつた タスケ て イツタ】
目の前の指に、小さな目が浮かぶ。
京護は悲痛さを露に、深く眉を下げた。わなわなと唇が震え、反論が言葉に乗らない。
【いつた イツタ いつた タスケ て イツタ】
【ムスコ して イイ きこえ タ】
「やめてよ……やめて……」
【やめて シラン きる クウ シル だから】
【くう シテ きつ タ】
「っ、もう嫌だ!」
声が繰り返される籠の中。京護は、自分を眺め指す影を掴んだ。
「おれはただ、ひ、ヒ……ッ」
しかし反論を終える前に、喉がひきつけを起こしてしまう。
影を掴んだ手を離し、息苦しくなった自分の喉に当てる。
眩暈からベッドに倒れると、状況を凝視するしか無かった医師の目に、力が戻る。
京護が体を横たわらせても影の籠は変わらず、少年を囲ったまま。
静かになったのは、少年の様子を観察している為だ。
京護はしびれで震える手で、苦しい胸を必死に病衣ごと爪を立てる。
強張る足は曲がり、速くなった脈は、耳鳴りで反響する。
「ひ、 ……し、死ぬ……?」
「連君、それは過呼吸の症状だ。落ち着いて。息を吸うより吐く方を意識して」
医師が症状に気づいて立ち上がったが、当たり前に続いていた処置に繋がらない。手が、足が、恐れから動かないのだ。
底の見えない目が、自分を伺っている。
その目から生える手が、こちらを捕まえるかもしれない。
どこから発しているか分からない声が、何かを吹き込んできたら、己の思考はまともでいられるだろうか。
それでも、目の前には苦しんでいる患者が、いる。
甚八は唾を飲み込み、一歩、少年に近づいた。
3話以降は毎日22時更新の予定です。




