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序章・連 京護(14)の転換日 19

未成年への虐待、性暴力を匂わせる描写があります。ストーリー上必要なために最小限にしたつもりですが、苦手な方、フラッシュバックのある方はお気を付けください。

「おれを使ったまでは分かったけど、どうしたかまでは知らなかった……」

 心臓のある部分を病衣しに掴まれる。その手の影を見下ろしながら呟く声には、抑揚がなかった。


【おまえ イチド しんだ】


 胸に立てる指の1本が京護を見上げ、口がパカリと現れる。

「へえ……死んだぐらい、もうどうとも思わないな」

 背後からの影は増え、何本もの細い腕が胸元を辿る。

 砂糖に群がるアリのようだと思い、影の自論で言えば自分は餌かと思い至る。

「……じゃあ、あれからずっと生きてたのに、助けてくれなかったの」


【コエ とどい タ】


 一度、部屋に風の音がした。

 甚八が窓を見ている間に何があったのか、

「なんだよっ」

 京護は叫ぶなり、細い腕をまとめて鷲掴む。

 そのまま影から引っ張り出そうと、体ごとソファの背に向けた。

「おれ、あれからどんな目にあったと思ってっ」

 影が、京護で出来た全ての面で数多の目を浮かばせる。

 掴まれている腕にも、目が開かれた。


【どんな ドン な メ め メ】


「ふざけんなっ」

 ぐっと握り込めば、指の隙間から影が漏れ出て、更にその影からも目が浮かぶ。

 京護は、真正面に出来ている影だけを凝視した。

「おれ。いつの間にか知らない場所だった」

 少し、頭が垂れる。

「目が覚めた時に見えたのは、鉄の格子で出来た箱ごしの、冷たくて暗い場所だった」

 そこが地下室だと京護が知るのは、しばらく経ってからだ。

 冷えた、光の届かない空間。京護を見下ろす2人の男は、アパートを襲ったのと同一人物だ。 

 場所も分からず、両親もおらず、不安が募る京護はそれが気づかなかった。

「今なら分かる」

 目を閉じた京護が、苦し気に吐き出す。

「お前にとっては、のどから手が出るほど欲しいサンプルだろって。もう一人の男と一緒におれを見た。

 お父さんが倒れている傍にいた、あの二人だ」

 閉じた目を開けた時に、涙が一粒、影に落ちた。

「言われている意味がよく分からなかった。おれは柵の箱から引っ張り出され……服をはぎとられて……あれ、切られたかも」

 力なく笑い、影を掴んでいた力が抜ける。 

 代わりに両手で頭を抱えた。

「分からない、注射を打たれてからまた分からない」

 両ひざを内側に倒して、ソファにぺたりと座る。

「何度も打たれたから、いつの記憶かも分からない」

 顔を覆う指の隙間に、枯れ枝のような手が指をかけた。

 小さな指に、目が浮かぶ。


【シンダ から】


「は?」


【つかう タメ し ンダ から】


【わすれ テ おもい ダセ る】


 風を切る音が、また部屋に伝った。

 甚八は眉を顰め、京護は、あからさまに怯える。


「待って、なんでそれをおれに言うの」

 顔から両手を離したその隙間をかいくぐり、細い手の影が心臓を求めると同じように、京護の顔に群がる。


【なみだ ヨダレ さいぼ ウ せい エキ ち】


【カミ ぞうき ヒフ ケズリ うばう】


 風を切る音と、影の囁きが混成する空間。

 影の囁きに、今度は甚八も動揺を見せた。

「あ、あ……やだ、その声、止めて……」

 まずい。

 行ってあげないと。

 少し距離が出来た京護の傍へ近寄ろうとすれば、足が動かなかった。

 見れば、京護の足元の影から出た影が泥のように、甚八の足を固定させていた。

 敵う訳がないので、慌てて京護を見る。

 幾重もの影が京護の顔を掴み、撫で、いくつかの影は、開けた口から舌を伸ばしていた。


【ヘラ せば フヤ した ヒト おも シロイ】


 音の無い影の舌が、目から零れる涙を舐めた。

「や、止めて、そんなの聞きたくない……思い出したくないよぉ」

 逃げたくて影の塊に手を伸ばすが、掴んでも引きはがせない。

 あの時と同じだ、と京護は震えでガチガチと歯を鳴らす。

「おれは普通です……普通の子なんです……何も知らない……なにもできない……」


【ヒト へん おまえ フツウ はら マナイ】


「っ⁈」

「くそっ」

 影の言葉と京護の怯えに、甚八がなりふり構わず、手を伸ばした。

「連君っ」

 どうしても、指1本が届かない。すぐ傍なのに、声すら届かない。

「連君、聞くなっ」

 京護の耳元を覆う影は、甚八を気にすることなく記憶の壁をたたき割っていく。


【おかし クワエ そそぐ】


【ふつう はら マナイ】


【ふつう ハラ ませ ル で キル】


連京護(むらじきょうご)!」

 部屋どころか廊下まで響き渡らんばかりの声で、甚八が叫んだ。

 尻を付けてへたり込んでいる京護の体が、名を呼ばれて、ビクリと反応した。

 声のある方へと向くと、影が覆っていない目が、驚きで見開かれる。

 今まで居たのに、甚八の存在に気づかなかったかのようだ。

「っ、ぇ?」

 ようやく視線が合った京護は、伸ばされている甚八の手を視認する。

「連君、耳を貸すなっ」


【むすこ フツウ ふつう ノゾミ ふつう】


「君がいるのは病院だっ 本家じゃないっ」


【おんな ノゾム ふつう】


「僕の名前は分かる?」

 影の手がまとわりつくのも構わず、そして影も抗わず、京護は伸ばされていた甚八の指を握った。

「……甚八(じんぱち)、先生」

「うん。正解」

 ホッと胸を撫でおろすと、京護の頬も僅かに緩まる。

 その瞬間、細い手の影も甚八の足を捕えていた影も集まり、一つの大きな影になる。

 影は、2人を飲み込むほど広がり、その形は蝙蝠に似ていた。

 時折あった風の音とは違う、甲高い鳴き声が、甚八には聞こえた。

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