序章・連 京護(14)の転換日 16
一口食べてみたが、味は分からなかった。
ほとんど咀嚼せず喉を通るので、食べやすいという程度。
横で満足そうにしている甚八の方が、不思議だった。
「なんで笑顔?」
「人が食べてるのを見てるだけでも、楽しいもんだよ。僕はつられて食べるけど」
次々と甚八の胃に消えていく食べっぷりを見ながら、京護はゆっくりと食べていく。
そういうものだろうか? 分からない。
首を傾げながらも、食べる事の抵抗は薄らいでいる。
ふと、ある事を京護は思い出した。
底が見えた器に、スプーンを置く。
「久しぶりだ、誰かと食べるの」
食事を済ませ、2個めのシュークリームに手を付けだした甚八が、京護の声に手を止めた。
「そうか」
「うん」
そう頷いて二人は、同時に手元のを食べ終える。
量は桁違いだが、満たされる空腹感は同じだった。
京護は、空っぽになった器を眺めながら、先の言葉を心の中で繰り返す。
誰かと食べるのは久しぶり。
いつが最後だったのか。
……ああ、そうだ。
「お父さんが床に倒れていた、あの夜までだ」
「え」
京護の言葉がきっかけなのか、少年の感情に呼応するよう、に足元の影が力なく揺らめいた。
また縄のように、1筋の影が京護の眼前に立ち上がる。
それは紐ではなく、ヘビの形になった。
「お父さんは、おれのお父さんだった時から、これなの?」
【ソウダ】
「お父さんが家で倒れてた時も?」
【からだ シンダ】
「……そう」
影のヘビは京護の首に巻きつき、再び正面に向き合う。
その影胴から、また別のヘビの影が生えていく。
1匹は京護の持っている器を覗き込み、1匹はテーブルに残っている空の容器を見る。
二匹は京護の両側に周り、横から尋ねる。
【なに シリタ い】
「先におれだよ。お父さんが、おれを知らなきゃ」
京護は姿勢を崩さないまま、視線だけを甚八に向けた。
甚八の肩が、緊張で上がっていた。
常に恐れはある。同時に、逃げる足を留めているのも変わらない。
「先生」
甚八の喉ぼとけが上下する。
「おれがあの屋敷に連れられたのは、おれが9歳の誕生日になった夜だった」




