華出井 葵(12)と願いの井戸 83
空間をさ迷っていた手の一つが、京護のポケットを指す。
【【クソガキのコレより、願いに迷いが無い】】
その手の影が、無造作にポケットからパズルを抜き取った。
「あっ」
取り返そうとしても、手を伸ばせない。
別の手の影によって、京護の両腕は拘束されている。
力を込めても到底叶わず、あえて眼前に見せられるソレと、影ごと京護が睨む。
「お父さん、返してよ」
パズルを掴む手の内、真ん中の指だけを立てる。その指の先で口を開ける。
【【返さない。話は良いのか】】
影の手の数本が、パズルに群がるように囲っていく。ガラスの内面を覗き込むような仕草をしたり、表面に触れたりしている。
じくちたる思いで、京護は見ている事しか出来ない。
奪おうとしなかったのが、おかしいぐらいだった。むしろ今の動きの方が、納得できる。
葵が簡単に使えるようにしているとは思えないので、そちらに期待するしかなかった。
京護は、中指の口を睨みながら、先の質問に答えた。
話は良いのか?
「……返して欲しいし話も聞きたい。おれは、あの人に井戸の事は言わない」
中指の先の口が、笑った。
【【どの道を選ぶかの選択は、既に意味がない】】
【【固定されるから関係ない】】
【【死は避けられない】】
眼前の中指、京護の頭、頬に触れる手。耳元で囁く手。
それら周囲の影の手が、合唱のごとく答えていく。
【【長くて次の太陽までの命】】
【【あの女に、死を見せない為だけの時間】】
【【勘の良い奴なら、別れの言葉言える時間】】
京護を拘束している2本の手も、答えた。
【【願った者は、女にだけワシらを知られたくない】】
【【それだけの為の、死だ】】
窓の外は、徐々に陽が沈もうとしている。
部屋の明かりは、影の傘によって覆われた京護に届くのは僅かだ。
京護は、焦燥感から目を背けたい心理で思う。
影が話す声は、京護や葵にしか言語として認識できない。
それ以外の人間には、風を切る音だ。
この部屋では、その切る音がうるさいだろうという、逃避思考。
逃避を許さない影が、別の手で京護の口を抑えた。
「と、っ⁈ ん」
【【人間が決めたルールの中にある】】
【【死人に口無し】】
「っ、」
京護の心臓が、影の声に呼応して、徐々に早鐘を打つ
確定の死を穿たれたのだ。
だが、生きている。
矛盾していないか?
本当は、おれは、死ぬべきではないのか?
混乱の泥沼に落ちる思考を遮ったのは、やはり影だ。
【【お前たちは、そうやって事柄に名前をつける。
人は面白い】】
【【固定させた死にも、名前がある。
見えないのに。分からないのに。
人は名だけ付けた】】
中指の口は、目に変わっていた。
単眼が、京護を凝視している。
【【息子。お前が受けた物は、どこぞの人間が、こう呼んでいた】】
笑いもせず、睨みもせず。
ただ、京護を、見る。
【【呪い】】
京護は、無慈悲の悪意を浴びたのだ。




