華出井 葵(12)と願いの井戸 81
ミヨは京護に近寄りたかったが、足の包帯を思い出して留まった。
代わりに、両手重ねて腿に置き、姿勢を正した。
「謝らないで頂戴。
わたくしこそ、謝らせて欲しいわ。
キョウちゃんも、もうこの家の子なのだから。
気にしないで、よく休んでね」
「部屋に行く前に、ちゃんと水分補給をするか、持っていくのを忘れずにね」
「うん」
京護は二人に頷き、1人で部屋を出た。
リビングを出た廊下からは、2階への階段は近い。
時折、他人の気配や音が、いくつもの扉の奥から聞こえる。
甚八やミヨが言っていた、犬荏家の人たちなのだろう。
京護は気配に気を使いながら慎重に歩き、二階へ上がる。
キッチンから飲み物を貰おうか考え、ゲストルームにペットボトルが置きっぱなしだったのを思い出したから、止めた。
霧子と会うのも、今は気まずい。
既に体調は回復してきており、京護は逸る気持ちを抑えて、まずは葵や甚八といたゲストルームに入る。
あったままの場所に置き去りだったボトルを回収し、隠し部屋に足を向けた。
「そういえば、ここだっけ。おれの部屋って、葵君が言ったの」
途中にある為、ドアを開けて中を覗く。
そこにあるのは、モデルルームのように整った部屋だった。
机とベッド。ラックとチェストが一つずつ。
家具のみで、小物は無い。リネンも白で統一されており、先のゲストルームの方が、人の気配がするほど無機質だった。
両親と暮らしていた頃。京護には、自分だけの部屋がまだ無かった。
本家に連れて来られた5年間は、いくつか場所を変えたものの、自室ではない。
「……落ち着かなそう」
あえてベッドは見ずに、思ったままを零してからドアを閉めた。
両親とは、畳に横並びの布団だった。
ベッドは嫌だ。虐げられた記憶しかない。
目的地である隠し部屋は、日が沈む頃の為、過ごしやすくなっていた。
少しこもった熱を感じるが、京護にはこちらの方が落ち着いた。
椅子はある。それだけの、板間の空間。
天井裏と繋げているため、窓のある壁は斜めになっている。
この形は、本家には無かった。
葵曰く、艻月対策になる秘密の部屋。
秘密を話すための、守りの部屋。
京護はペットボトルの残りを飲み干し、無作法に床に座る。
この父の思う通りになった悔しさは、ぬぐえない。だが、結果は出てしまったし、もう変えられない。
空のペットボトルのキャップを掴むや、自身の影に向かってボトルの底で床を叩いた。
コンコンと、軽い音はノックに似ている。
「お父さん、おれに何があったの。聞いてあげるから、好きなだけ喋って良いよ」
はた目にはそうは見えなくても、京護にとっては、父親。
5年前まで、どんな我儘を言っても無条件で許されると思っている存在だ。
呼ばれた影は、床の影を黒く染めて、あっさり出てきた。
ゆらゆらと黒の陽炎を立たせ、やがて形は人の手になる。
数は40手。全て、京護に向かった。




