重量物地獄!? ゴーレム便と大規模輸送
王都の倉庫街。
石畳に並ぶ巨大な木箱や樽の山を前に、俺は額に手を当てていた。
「……いや、これは無理だろ」
端末に表示された依頼内容はこうだ。
【依頼品:魔鉱石・大樽ワイン・魔導器材一式】
【届け先:魔王領・交易拠点】
【時間指定:本日夕刻】
まるで街ごと引っ越すような荷物量。
一人で背負って走るレベルを超えている。
「どう考えても配達員一人でやる仕事じゃない……」
俺は頭を抱え、ため息を漏らした。
その時だった。
ズシン。ズシン。
大地を揺らす重低音とともに、石の巨体が現れた。
無言のまま倉庫の前に立ったのは――ゴーレム便。
「お、お前……」
俺が声を漏らすと、ゴーレム便は黙って木箱に両腕を差し入れ、ドサリと肩に担ぎ上げた。
百人がかりでも動かせない魔鉱石の箱を、まるで積み木のように。
「……はぁ、やっぱりお前しかいねぇな」
俺は苦笑いを浮かべる。
これまでも何度か顔を合わせてきた。
ドアごと突入する、サイン欄に“岩”って書くなど、問題行動は多い。
だが重量物を扱えるという点において、ゴーレム便は唯一無二だ。
俺はゴーレム便の岩の肩を叩き、言葉をかけた。
「よし、今回は本格的に協力してくれ。単独じゃ到底無理だ」
ゴーレム便は石の顔をわずかに上下させる。
言葉はなくとも、その仕草だけで「任せろ」と伝わってくる。
「……ありがとな。なら、やるしかねぇな」
巨大な荷物の山を前に、俺とゴーレム便の正式タッグが始まった。
だが、俺はまだ知らなかった。
この後さらに、例の“ライバル業者ども”が雪崩れ込んできて、倉庫街が地獄絵図になることを……。
ズザァァァッ!
「速達なら俺に任せろ!」
黒い影が倉庫街を駆け抜け、荷物の山の間をすり抜ける。
クロガワ便だ。だが――
「おい速すぎる! 荷物を置き去りにしてどうすんだ!」
俺の叫びも虚しく、クロガワ便は風のように走り去り、置いていったのは空の台車だけ。
続いて、ドォン! と地鳴りが響いた。
「重量物は俺に任せろぉぉ!」
サガワ便が現れ、魔鉱石の樽を両肩に担ぎ上げる。
しかし――
「……おいおい、建物に突っ込むなよ!」
案の定、倉庫の壁がベキベキと崩壊。
住民が悲鳴を上げて逃げ出す。
そこへヒラヒラと舞い降りる、小さな光。
「はいはい~♪ ラブレター風にラッピングしといたよ~♡」
フェアリー便だ。
だが彼女が勝手にリボンで飾り付けたせいで、書類が誰宛かわからなくなり大混乱。
「ちょっと! 今必要なのは演出じゃなく正確さだ!」
俺のツッコミは虚しく響く。
さらにズドォォン!
アマゾーネス便がゲートを開き、無駄に大量の在庫を積み上げていく。
「在庫は正義! 条約物資も追加で千個ストックしておいた!」
「誰が頼んだそんなもん!」
極めつけは――
「フハハ! 俺の翼に任せろ!」
ドラゴン便が空から荷物を吊るして飛び立つ。
しかし翼がバランスを崩し、屋根にドカンと突っ込む始末。
「……いや、もうめちゃくちゃだな」
俺は頭を抱えた。
倉庫街の住民は右往左往し、通りは荷物と破片で塞がれ、王都の警備兵が慌てふためく。
「もう勇者に頼むしか……!」
そんな声まで上がり始めた。
「おいおい、配達員の面子がかかってんだぞ……!」
俺は歯を食いしばり、次の一手を考えた。
「全員、ちょっと黙れぇぇぇぇ!!」
俺の怒声が倉庫街に響き渡った。
一瞬、クロガワ便の足音も、サガワ便の地響きも止まる。
「お前ら、それぞれの得意分野を勝手にぶつけ合っても混乱するだけだ!
だったら役割分担しろ! 俺が仕切る!」
皆の視線が集まる。俺は端末を開き、素早く指示を飛ばした。
「クロガワ便! 速達系の小口荷物だけ担当しろ!」
「フッ、スピード勝負なら任せろ」
「サガワ便! 重量物をゴーレム便と組んで運べ! ただし壁壊すな!」
「う、うおおお! 了解だ!」
ゴーレム便は無言で頷き、サガワ便と共に巨大な荷物を次々と持ち上げていく。
「フェアリー便! 書類と小物をチェックして誤配防止!」
「えぇ~地味~……でもわかった♡」
「アマゾーネス便! 在庫は持ち帰れ! 必要なのだけ仕分けろ!」
「むぅぅ……在庫は正義だが、承知した!」
「ドラゴン便! 空輸ルートを確保! ただし火は吐くな!」
「……ちっ、俺のブレスは芸術だが、了解だ!」
俺は最後に荷物を抱え、自分にも言い聞かせる。
「そして俺は《ルート開拓》で全員を導く!」
端末が光り、街路に光のラインが走る。
「このルートを使え! 時間指定通りに届けるぞ!」
一斉に動き出した配達員たち。
クロガワ便が風のように走り、フェアリー便が確認印を押す。
ゴーレム便とサガワ便が巨大な荷物を協力して担ぎ、ドラゴン便が屋根越しに補助。
アマゾーネス便ですら不満げに在庫を整理し、必要なものを選別していく。
混乱していた倉庫街が、次第に整然とした物流拠点へ変わっていった。
住民たちがざわめき始める。
「おお……配達員たちが協力してる!」
「勇者より頼りになるぞ!」
俺は息を切らしながらも笑みを浮かべた。
「これなら……間に合う!」
夕刻、最後の荷物が魔王領との交易拠点に積み上げられた。
端末に「【大規模輸送:配達完了】」の文字が浮かぶ。
「……よし、全員、時間通りにやりきったな」
俺が息を吐くと、配達員たちがぞろぞろと集まってきた。
クロガワ便は肩で息をしながらもニヤリと笑う。
「お前の仕切り、悪くなかったぜ」
サガワ便は汗を拭いながら親指を立てる。
「筋肉だけじゃどうにもならんこともあるんだな……学んだぞ!」
フェアリー便は書類を胸に抱え、くるくると宙を回る。
「やっぱり地味でもチェック大事だね! これからもやってあげる♡」
アマゾーネス便は腕を組み、渋々うなずいた。
「在庫こそ正義……だが、チームワークも否定はできん」
ドラゴン便は誇らしげに牙を光らせる。
「フハハ! 俺の翼も、お前らとなら悪くない!」
そして、最後にゴーレム便。
相変わらず無言だが、石の腕を軽く上げるだけで十分に気持ちは伝わった。
俺はみんなを見回し、静かに言った。
「バラバラにやっても混乱するだけだ。だが、こうして協力すれば……勇者にだって負けない。
だったら――“ギルド”を作ろうぜ」
一瞬の沈黙。
だが次の瞬間、全員の口から声が重なる。
「……悪くない!」
クロガワ便が頷き、サガワ便が拳を握り、フェアリー便が「わーい!」と跳ね回る。
アマゾーネス便も「在庫管理部門は任せろ」と勝手に部署を名乗り出、ドラゴン便は「俺は空輸主任だ!」と豪語。
ゴーレム便は静かに石板に「承認」と刻んだ。
「よし、決まりだ!」
俺は拳を突き上げる。
「ここに――異世界配達ギルド、結成だ!」
その時、遠くから絶叫が響いた。
「待てぇぇぇ! 魔王討伐より先にギルド結成とはどういうことだぁぁ!」
勇者アルトが駆け込んできたが、積み上げられたトイレットペーパーの在庫に足を取られ――
ドサァァァッ!
「ぐぬぬ……俺の立場が……在庫に埋もれるぅぅ!」
夕日に染まる倉庫街で、勇者の悲鳴がむなしく響いた。
こうして、異世界配達ギルドは産声を上げたのだった。
次回、「王都公認!? ギルド登録で大騒動」