在庫爆撃再び!? アマゾーネス便リベンジ
王都の中央広場は、朝から重苦しい空気に包まれていた。
石畳の中央には、真新しい演壇が設置され、その周囲を鎧姿の兵士たちが警戒している。
今日は王都と魔王領との和平交渉に関する大事な議会――そのための条約書を届けるのが、俺の仕事だ。
端末にはこう表示されている。
【依頼品:和平条約書】
【届け先:王都議会場】
【時間指定:午前、議会開始前】
「……これは絶対にミスれねぇな」
俺は深呼吸し、荷物を抱え直す。
いつもみたいな焼きそばパンやアイスとは違う。
これは国の行く末を左右するほどの重要品だ。
……と、そこで。
「在庫の準備は整ったぁぁ!」
ドンッと爆音が響き、広場に巨大な配送ゲートが開いた。
そこから現れたのは――見覚えのある無駄に派手な制服姿。
「お前は……アマゾーネス便!」
俺が思わず叫ぶ。
そう、前回トイレットペーパー千個を誤配し、町を大混乱に陥れた張本人だ。
両手を広げてポーズを決める姿は、妙にキマっていて余計に腹が立つ。
「ふっふっふ! この大事な条約書の配達……今度こそ我らアマゾーネス便が奪い取ってやる!」
「やめろ! お前らの“在庫爆撃”はもうコリゴリだ!」
だがアマゾーネス便は聞く耳を持たない。
「在庫こそ正義! 在庫こそ未来! 在庫を抱えてこそ安心! だから条約書もまとめ買いするべきなのだ!」
「条約書にまとめ買いなんてあるかぁ!」
俺のツッコミに、周囲の貴族や兵士がどよめく。
「な、何だあの業者は……!」
「前にうちにも“頼んでない石像百体”が届いたぞ……!」
嫌な予感しかしない。
俺は荷物を抱え直し、深くため息をついた。
「……まったく、また面倒なのが来やがったな」
条約書をめぐる再配達バトルが、いま始まろうとしていた。
「在庫投下ぁぁぁぁ!」
アマゾーネス便が叫んだ瞬間、配送ゲートから大量の荷物が降ってきた。
ドサッ! ガラガラッ!
「な、なんだこれは!?」
「俺の屋敷の前にトイレットペーパー千個がぁ!」
「うちには謎の石像百体が届いたぞ!」
広場中が一瞬で荷物の山に飲み込まれていく。
木箱、樽、見たことのない魔界産のキノコまで転がってきて、町娘が悲鳴を上げる。
「やめろって言ってんだろ!」
俺は必死に荷物を避けつつ叫んだ。
「条約書は国の命運を決める大事な品なんだ! トイペと同じ扱いにすんな!」
だがアマゾーネス便は高笑いしながら胸を張る。
「在庫は多ければ多いほど安心! 条約書も一万部刷ってバラ撒けばいい!」
「そんなんで国が治まるか!」
俺のツッコミが広場に響く。
貴族たちも怒声を飛ばす。
「誰かあの業者を止めろ!」
「議会が始まる前に片付けろ!」
だがさらなる混乱を呼んだのは――
「待てぇい!」
勇者アルト=ブレイヴが剣を振りかざして登場した瞬間だった。
「これは魔王の策略だ! 俺が成敗して――ぐあっ!?」
ドサササァッ!
次の瞬間、上空から落ちてきた大量のトイレットペーパーに埋もれていく勇者。
「お、おい勇者様が紙に……!」
「消耗品に消される勇者って新しいな……」
「俺は! 消耗品じゃなあぁぁぁぁぁい!!」
山の中から必死に叫ぶアルト。
だが誰も助ける余裕はなく、広場は在庫の山に占拠されていった。
「……はぁ。ほんっと、こいつが一番巻き込まれ体質だよな」
俺は条約書を抱え直し、次なる一手を考えた。
在庫の山に飲み込まれた広場は、もはや戦場だった。
転がるキノコが勝手に胞子を吐き、石像が倒れては貴族の馬車を押し潰す。
「これは地獄か……」
俺は眉間を押さえながら、抱えた条約書を見下ろした。
ピコン。
端末が淡く光り、メッセージが表示される。
【シンクロ対象:“和平条約書”】
「……やるしかねぇな」
俺は深く息を吸い込み、声を張った。
「《荷物シンクロ》!」
次の瞬間、全身を貫く冷たい理性の波。
心が研ぎ澄まされ、視界がきっちりと枠で区切られたように整う。
「……なるほど。文章は論理、道筋は明確。配達ルート、最適化完了」
「な、なんだあいつ……急に冷静になったぞ」
町人たちがざわめく。
俺は端末を操作し、足元に光を走らせる。
「《ルート開拓》……議会場へ一直線」
眩い光のラインが、在庫の山を突っ切って議会場へと伸びた。
「これでショートカット完了。時間厳守、実行に移す」
条約書を抱え、俺は光の道へと飛び乗る。
在庫の雪崩を冷静に読み切り、転がる荷物の角度を一歩先で避ける。
フェアリー便が驚きの声を上げる。
「わっ、めっちゃクール! いつもの爽やか兄ちゃんと別人じゃん!」
「条約書は国の命運を決める。ミスは許されない」
俺は短く言い切り、走り抜ける。
ゴーレム便が無言で在庫を押しのけ、フェアリー便が宙を飛びながら道を照らす。
仲間たちのサポートを受け、俺は一直線に議会場へ突き進んだ。
背後でアマゾーネス便が叫ぶ。
「在庫は正義ぃぃ! 在庫に飲まれるがいい!」
だが俺の足取りは止まらなかった。
「正義は、届け先を守ることだ」
広場の混沌を背に、光のルートがまっすぐ議会場へ導いていく。
議会場の重厚な扉が目の前に現れた。
俺は最後の一歩で光のルートを駆け抜け、条約書を抱えたまま演壇の上に飛び乗る。
「お届け物でーす! 午前指定、時間通り!」
兵士たちが慌てて剣を構えるが、その前に国王が立ち上がった。
「なにっ……まさか、条約書か!?」
俺は胸を張り、条約書を差し出す。
端末がピコンと鳴り、【配達完了】の表示。
「確かに受け取った……!」
国王の目に光が宿り、周囲の貴族たちもどよめいた。
「これで和平交渉が始められる! よくぞ届けてくれた!」
俺はにっこり笑って答える。
「時間指定は守りますんで」
その頃、広場では――
「ぐわぁぁぁぁ! 在庫に……押し潰され……!」
勇者アルトが大量のトイレットペーパーと石像の下で必死に足をばたつかせていた。
「俺は! 在庫処分の犠牲じゃなぁぁぁい!」
聖女が呆れ顔でため息をつく。
「勇者様……もう静かにしていてください」
やがて、アマゾーネス便がゲートから姿を現した。
「ふん……条約書の配達、貴様の勝ちだ」
「最初から勝負じゃねぇんだよ。届け先に届ける、それだけだ」
俺の言葉に、アマゾーネス便はしばし黙り込む。
やがて肩を震わせ――
「在庫は正義……だが、お前の“誠実さ”もまた正義かもしれんな」
そう言い残し、彼らは再びゲートの向こうへ消えていった。
仲間になるのも、時間の問題だろう。
国王が改めて俺に向き直る。
「速水タクトよ。お主の働き、我が王国はしかと見届けた」
「へへ……まだまだ配達先は山積みですから」
俺は肩をすくめ、爽やかに笑った。
次回、「天空再配達!? ドラゴン便との合同任務」